日本戦の大敗から生まれた史上最も攻撃的なドイツ代表 若き戦術家ナーゲルスマンが施した改革とは?

木崎伸也

ゴレツカらスター選手を選外にした理由

「ベンチの役割を受け入れられるかどうか」が選手選考の基準。経験豊富なゴレツカが外れ、20歳のパブロビッチ(中央)がエントリーされた理由もそこにある 【Photo by Markus Gilliar - GES Sportfoto/Getty Images】

 ドイツ代表が求める「人気回復」とナーゲルスマンが求める「共感」がシンクロしたのが、EURO 2024のメンバー発表だ。

 記者会見で全メンバーを同時発表するのが一般的だが、ナーゲルスマンは会見日の数日前からメディア、スポンサー、インフルエンサー、SNSを使って小出しにする方法を選択する。

 ルフトハンザドイツ航空がファイナルコールでDFダビド・ラウム(ライプツィヒ)の名前を呼ぶ動画を公式インスタグラムに投稿したり、人気クイズ番組の有名司会者が問題を出したり、人気ラッパーのコンサート中に発表したり──。革新的なチャレンジを好む、いかにもナーゲルスマンらしいやり方である。

 当然、ナーゲルスマン流はピッチ内も斬新さに満ちている。

 今年3月のフランス戦とオランダ戦において、ナーゲルスマンは4-2-3-1を採用。攻撃時にボランチのクロースが左センターバックの脇に落ちて3バック(3-1-6)になる可変システムだ。

 最大の特徴は選手選考にある。

 これまでドイツ代表においてトラブルの一因になっていたのが、ボランチの選手層の厚さだった。ヨシュア・キミッヒ、レオン・ゴレツカ(ともにバイエルン)、ギュンドアンなどワールドクラスがそろっており、フリックはその最適の組み合わせを見つけることができなかった。カタールW杯の日本戦では、ギュンドアンに代えてゴレツカを投入してから2失点し、「思いやり交代のせいで負けた」と批判された。

 それに対してナーゲルスマンは、ほぼ全員を起用するというアイデアを思いつく。右サイドバックにキミッヒ、トップ下にギュンドアンを配置し、そしてダブルボランチには、身長187センチの屈強なアンドリッヒをクロースの護衛役として横に並べるという最適解を見出した。

 同時にナーゲルスマンは「ベンチの役割を受け入れられる選手のみを選ぶ」という方針を発表。ゴレツカは選外となり、バイエルンで頭角を現した20歳のアレクサンダル・パブロビッチが選出された。

 ゴレツカだけでなく、同じ理由でドルトムントのDFマッツ・フンメルス、MFエムレ・ジャン、MFユリアン・ブラントらスター選手が選外になった。

 ナーゲルスマンはフィールドプレーヤーの構成を意図的に「レギュラー争いをする約13人」+「サブになっても不満を持たず、なおかつ途中出場で試合を変えられる選手約10人」というヒエラルキーにしたのである。

人々が「これこそがドイツだ」と思えるサッカーを

6月7日のギリシャ戦で決勝点を挙げたのは、「メンタリティを持った選手」のお手本というグロス(左)だ。新生ドイツは自国開催のEUROでどこまで勝ち上がれるか 【Photo by Alexander Hassenstein/Getty Images】

 この決断にいたるターニングポイントになったのが、昨年11月のトルコ戦とオーストリア戦の連敗だ。

 ナーゲルスマンは今年3月、『シュピーゲル』誌のインタビューでこう振り返った。

「トルコとオーストリアに連敗をしたあと、自分の捉え方が少し違っていたのではないかと気がついた。オーストリア戦のピッチには、メンタリティよりサッカー選手としての能力がストロングポイントの選手が7、8人ピッチに立っていた。この割合を調整しなければならないと考えたんだ」

 ナーゲルスマンが「メンタリティを持つ選手」のお手本として挙げるのが、ブライトンで活躍するグロスである。

「チームにもっとグロスのような選手を増やさなければならない。グロスは華麗なパスで輝くことに関心はなく、自己犠牲の精神がある。絶対的なトップクオリティはないかもしれないが、チームを数パーセント向上させられるメンタリティを持っている」

 冒頭で書いたように、ドイツは縦パスを狙いすぎ、カウンターを食らいやすいという弱点を抱えている。あまりに強気なサッカーを志向しすぎており、今年3月にフランスとオランダに連勝して優勝候補としての力を見せつけたかと思いきや、6月3日にはウクライナとスコアレスドロー。そして7日にはギリシャに苦戦した。

 悪い日はとことん得点が決まらず、本大会のグループステージ初戦でスコットランドに足をすくわれる可能性もゼロではない。

 だが、ナーゲルスマンは国民の支持を得るには、魅力的なサッカーが必要だと考えている。何よりリスク回避の無難なサッカーは彼らしくない。

 ナーゲルスマンは『シュピーゲル』誌のインタビューでこう語った。

「たとえベスト4に届かなかったとしても、人々が『これこそがドイツだ』、『この大会は成功だった』と思えるようなサッカーをしたいんだ」

 勝っても負けても、36歳の気鋭の指揮官が率いるチームは大会を盛り上げてくれるに違いない。

(企画・編集/YOJI-GEN)

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始。

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