まずは「聴く」こと、吉井監督1年目のスタート 春季キャンプから取り掛かったチーム改革とは?
【写真は共同】
対話重視、教えないコーチング等の独自の理論に磨きをかけチームと向き合うプロ野球の新たな監督像。異端の理論派が実践する育成術。本心を引き出す武器は「平常心」
吉井理人著『聴く監督』から、一部抜粋して公開します。今回は2023年、就任1年目の春季キャンプで動き出した吉井流改革で重要視された“とある場所”でのコミュニケーションと練習メニューの変化、さらにWBCで離脱した新人監督を支えた“レポート”についてです。
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春季キャンプでの日常
球場入りしてすぐにコーチ陣とミーティングを行い、選手たちがウォーミングアップを始めると、スタッフの人たちとコミュニケーションを取っていった。その後、本格的な練習に移行し、選手やコーチがグラウンドに散らばると、あちこち回りながら練習をチェック。練習メニューや選手の対応はすべてコーチ陣に一任していたとはいえ、グラウンドやブルペンを回っているだけでどんどん時間は過ぎていった。練習中もなるべく選手、コーチ、スタッフらと話をするように心がけ、みんなが気軽に声をかけ合える雰囲気づくりを意識した。
ただ、投手コーチ時代の習慣もあってか、どうしてもブルペンに居座る時間が長くなっていたと思う。投手陣のピッチングを見ているのは楽しいのだが、バッティングに関しては知識のない僕が打撃練習を見ていても何も分からない。そこにいたところで何の役にも立たないと感じてしまい、長く留まることができなかった。
午前の練習が終わった後は、昼食前にウェートトレーニングで汗を流し、昼食後に再びコーチ陣とミーティングを行い、チーム全体のスケジュールが終了する流れだった。
トレーニングを欠かさなかったのは、あくまで美容と健康を目的とした趣味みたいなものだが、ウェート場でトレーニングしていれば、自然と選手たちと一緒の時間を過ごせるので、対話の場としても活用できるメリットがあった。
また、僕がトレーニングを続けることで、コーチ陣の中にも興味を持つ人が現れ、何となく「マリーンズ・ウェート・クラブ」のようなものができあがった。中でもサブロー2軍監督がかなりのめり込み、日々トレーニングに励んでいたそうだ。そんなサブロー2軍監督の姿に影響されたのか、2軍の選手たちもトレーニングに力を入れるようになる相乗効果をもたらしている。
ただ、コーチ陣が積極的にトレーニングに励み、彼らが狭いウェート場を占拠してしまっては本末転倒だ。コーチ陣には合間を縫ってトレーニングしてもらうようにお願いしていたが、自分は監督という特権を使い、なるべく選手たちと一緒になるように調整していた。
キャンプ中はトレーニングの他に、毎朝起き抜けに30分程度散歩をすることも欠かさなかった。こちらはフィジカルではなくメンタルをリフレッシュするためだった。毎日いろいろと思考を巡らさなければならず、確実に脳は疲労していた。それを整理するためにも、何も考えず頭を休める時間が必要だった。毎日1人でぼーっとしながら歩き続けていた。
トレーニングと散歩はキャンプだけでなく、シーズンに入っても僕のルーティンになっている。
キャンプから実践した変革
コーチ陣はなかなか納得してくれなかったが、お互いに意見を出し合いながら前年より2時間短縮することに同意してもらった。そのお陰で選手全員が午前中で全体練習を終えられ、午後は選手各自の個別練習に充てることが可能になった。野手たちは練習時間がかなり短くなったと感じられたと思う。
あくまで僕なりの考えではあるが、一心不乱に四六時中バットを振り続けるだけでは、打者として必要な技術を身につけるのは難しいように感じている。選手が自分で考えようとする機会を奪ってしまうし、成長の妨げになる可能性もあるからだ。
僕がアメリカで経験したこととして、メジャーリーガーは日本と比べればわずかしか練習していない。キャンプ中もチーム練習では各選手の打撃練習時間は15分くらいなのに(もちろん個別に練習している選手もいた)、シーズンに入ればガンガン打ちまくっていた。
それを実体験してきた立場からすれば、どうしても日本の練習スタイルに非効率性を感じてしまう。
実際、打撃練習時間を短縮したことによって、何か不具合が起こったとは思っていない。練習量が減ったことでもっとやりたいと考える選手は、こちらが放っておいても自らの意思で個別練習するもの。自分が必要と思う練習ならば、選手は積極的に取り組んでくれる。