北京五輪から2年、日本悲願のフィギュア団体メダルが銀に 今なお心に残る坂本の爽快な滑りとワリエワの無残な演技

沢田聡子

自分の演技を完遂した坂本、崩れたワリエワ

ドーピング疑惑に揺れた北京五輪で、爽快な滑りを披露した坂本 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 北京五輪の団体戦後、RUSADAはワリエワに資格停止処分を科した。しかし、個人戦への参加を目指すワリエワ側の抗議により、RUSADAは処分を解除。IOC(国際オリンピック委員会)とWADAは処分解除を不服としてCASに申し立てを行ったが、聴聞会を経てワリエワは個人戦に出場することになった。

 ドーピング疑惑で世界の注目を集めることになった女子シングル・フリーの会場は、異様な雰囲気だった。ROCのアレクサンドラ・トゥルソワが披露した4回転5本を着氷する圧巻の演技中には、ワリエワの問題により愛国心を刺激されたのか、ロシアのメディア関係者と思われる若い男性が記者席で雄叫びを上げ続けていた。

 女子としてはあり得ないほど4回転を詰め込んだトゥルソワがもたらした熱狂の中、坂本がリンクに入る。坂本が最初に跳んだジャンプ、深くエッジを傾けた助走からの大きなダブルアクセルは、ドーピング疑惑の深い霧の中に差し込んだ光のように感じられた。4回転もトリプルアクセルも組み込まず完成度で勝負する坂本は、異様な雰囲気にのまれることなく自分の道を貫いた。

 北京五輪会場の首都体育館は、一度建物の外に出てミックスゾーンに向かう動線だった。坂本の演技後、薄暗い通路を走ってミックスゾーンに向かいながら、たとえメダルに届かなくても坂本の演技にはとても大きな価値があると感じたことを、鮮明に覚えている。

 最終滑走者として登場するワリエワについては、正直なところ失敗するイメージすら浮かばなかった。私見では、ワリエワはただ正しいトレーニングを積むだけで、フィギュアスケート史に残る優れたスケーターになれたのではないか。北京五輪の団体戦で初めて生の滑りを見たワリエワは、そう思わせるほど圧倒的だった。

 しかし、ミックスゾーンのモニターで見た個人戦でのワリエワのフリーは、ミスを繰り返す信じがたい内容だった。4位に終わることになるワリエワが、演技後に鬱積(うっせき)した感情をぶつけるような激しさで手を振り下ろした仕草が印象に残っている。天才少女が、まだ15歳である本人だけに責任があるとは思えないドーピング疑惑で潰された瞬間だった。

 銅メダルを獲得し、ワリエワの演技の感想を求められた坂本は、彼女らしい率直さで答えた。

「正直、見るのが辛かったです」

 坂本がみせた爽快な滑りとワリエワの無残な演技の対比は、スポーツの目指すべき姿をはっきりと示していた。

 ドーピングは、逸材・ワリエワの競技人生を狂わせた。そして、日本の選手たちは努力の証である団体のメダルを、今なお手にすることができないままだ。目先の結果だけを求めるドーピングが、スポーツの価値を著しく損ねている。

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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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