なぜ、今なのか? Jリーグのシーズン移行を深掘り

降雪地域の富山・左伴繁雄社長はなぜ、シーズン移行に「条件付きの賛成」なのか?「クラブの腕の見せどころ」「我々にもメリットはある」

飯尾篤史

ウィンターブレークが長いのも平日開催が増えるのもチャンス

地域に根差した社会連携活動に取り組むクラブを表彰する「シャレン!アウォーズ」でメディア賞を受賞。2年連続の受賞となった 【(C)J.LEAGUE】

――ただ、2か月ものウィンターブレークがあることで、「サッカー熱が冷めてしまうのでは?」「Jリーグロスが大きいのでは?」という懸念の声もあります。

 そこはクラブの腕の見せどころですよね。もともとホームゲームは年間19試合しかないわけですから。じゃあ、19日間しか地元の人たちと触れ合えないのかと言うと、そんなことはない。残り340日は何をやるかというと、カターレ富山の場合、おじいちゃん、おばあちゃんのところに行ったり、学校で子どもと触れ合ったり、いろいろやっているわけですよ。

 開催期間が短くなったからと言って、ロスになると思わせるクラブが悪い。むしろ、僕はチャンスだと思っていて、サッカーの試合以外でも地元と触れ合えることはたくさんある。この前もサツマイモ掘りでJリーグから表彰されたんですけど(※練習場の芝から堆肥を作って地域の子どもたちとサツマイモを栽培するプロジェクト)、環境ビジネスもやるべきだし、選手がもっと学校や幼稚園に出かけていって、一緒に体を動かす機会を増やせるわけですから、開催期間が短くなることはなんとも思っていないです。

 平日開催が増えることに関しても同じです。富山って水曜ナイターの試合では、観客が1000人を切る時期もあったんですよ。でも、今年は天皇杯で勝ち進んでアルビレックス新潟と対戦して。雷で試合が何度か中断して、残り15分は別の日にやることになったんですけど、最初の日は3837人、15分だけの別の日も2256人が来たんです。平日だから人が来ないのではなく、対戦カードを見ているんですよね。魅力があれば、来てくれるんだと。じゃあ、マッチメーク以外の魅力も作り出していきたい。花火なり、ビアガーデンなり、夜だからこそできる演出やイベントってあるじゃないですか。そういうことを勉強できるチャンスだと思っています。

――ウィンターブレークが長いと、キャンプ費の増加も懸念されます。

 そこはね、さすが元Jクラブの社長、野々村チェアマンもわかっているんですよ。ウィンターブレークを設けると、キャンプを張る時期がオフシーズンと2回になるわけですから、出費が増えた分はJリーグとしてもサポートすると。私の記憶では過去の議論ではお金を付けてまで、という配慮はなかったです。僕なんかは逆に「合宿が増えるのはどのクラブも平等なんだから、企業努力をして自社で賄えるようにするための時限立法にしたほうがいい」と。いつまでもJリーグから恵んでもらうのは違うんじゃないか、という意見を伝えました。

 配慮という点でもうひとつ、僕が今までと違うと感じているのは、十分な検討期間を設け、情報開示も怠らなかったことです。これは野々村チェアマンのスタンスだと思いますけど、Jリーグが理事会のあとに必ず情報開示してきたじゃないですか。カターレ富山もタウンミーティングを3回開いて、取締役会による機関決定事項にして、取締役のみなさんに伝えたり、メディアにお願いして記事を書いてもらったりした。そうやって情報を開示すると、理解が進むんですよね。

――Jリーグからの金銭面の補填の話がありましたが、キャンプに限らず、練習場の環境整備の話も出ています。富山は今、サッカー専用スタジアムの建設を目指していますが、そこに屋根を付ける、ピッチの下にヒーターを入れるための資金を援助してもらいたいだとか、今回のシーズン移行とスタジアム建設を結びつけるような青写真はありますか?

 スタジアムを作っていく際の雪国特有のニーズ、特に防寒のところは一定のルールで助成してもらいたいという気持ちはすごくあります。ただ、それを言っちゃうと、まだ半分くらいのJクラブはサッカー専用スタジアムがないでしょう。今後作られるすべてのスタジアムに補填していたら、Jリーグが破綻しかねないですよね。その辺りのルール作りは僕たちが決めることではないので、Jリーグでぜひとも検討してもらえるとありがたいなと。全スタジアムが対象となると、Jリーグの財力ではかなり限定的な支援になってしまうかもしれないですけど、「なんとかしたい」というJリーグの姿勢が示せると思いますから。

 ただ、富山の場合、専用スタジアムを作るプロジェクトは、過去に何回も立ち上がってはいるんですけど、200億かかるスタジアムの建設費を行政が全部出すということは、100万都市の富山では考えにくい。民間からも個人からもお金が流れてこないと。いわゆる“吹田方式” (パナソニックスタジアム吹田の総工費約140億円のうち106億円は法人・個人の寄付金が当てられた)にならないと難しい。

 行政から出るお金を使わせていただく前提として、県民のあらかたの支持が必要ですが、まだカターレ富山に対して県民全体が賛意を示してくれるレベルにはないんですね。だからまずカターレ富山がなすべきことは、常時1万人以上のお客さんを入れて、上のカテゴリーで熱い戦いを繰り広げること。県民の支持や集客数の伸び、スポンサー数の伸びが顕著に表れて初めて、「こんなに駅から遠くて、公共交通機関のあまりない所でやっていていいのか」っていう声も出てくると思うんです。だから、富山県内におけるカターレ富山のブランド価値を上げていく作業が最初にあるべきだと思っています。

優秀なGM、強化部長を育てるきっかけに

欧州での経験が豊富な磐田の藤田SD(左)は左伴社長が期待するひとり。欧州クラブと渡り合えるプロの強化責任者の登場が望まれる 【写真:飯尾篤史】

――秋春制にして欧州のシーズンと合わせると、契約満了によるゼロ円移籍が増えるのではないか、との懸念もあります。この問題に関しては、どうお考えでしょう?

 カターレ富山はともかく、強いクラブほど、「シーズンを合わせたらゼロ円移籍が増えるのではないか」と心配されていますね。僕もF・マリノス時代やエスパルス時代に経験しましたけど、交渉の場で代理人から「1年契約にしてくれ」と言われることがある。それって裏返すと、優秀な選手は「海外に行きたい」っていうことなんですよね。あとJリーグはブラジル人選手を獲得するチームが多いじゃないですか。でも、ブラジルは1月下旬開幕・12月閉幕なので、今度は合わなくなってしまう。ブラジルのシーズン中にいい選手が獲得できるのかどうかという懸念は、強いクラブにはあると思います。

 ただ、僕の持論としては、優秀なGM、強化部長を育てないとダメだと。この選手は海外移籍しそうだなと思ったら、シーズンの半分を過ぎたところで契約を巻き直す必要がある。優秀なGM、強化部長は、選手や代理人と信頼関係を築いていて、代理人の理解も得ながら、選手が違約金を落として移籍していくようにしている。それがGMや強化部長のあるべき姿だと思うんですよ。

 今、ジュビロ磐田のスポーツダイレクターをやっている藤田俊哉は、欧州での経験を積んでいるから、そういうことをちゃんとやっていると思う。シント=トロイデンの立石(敬之CEO/元FC東京GM)もJクラブに復帰したら、ちゃんとやるはずです。「ゼロ円移籍が増えそうだから」っていうことを、シーズン移行に反対する理由にしちゃいけないと思いますね。日本サッカーの発展のためにも、優秀なGMや強化部長が誕生せざるを得ない状況にするという意味でも、反対する理由にしてはいけない。カターレ富山とはあまり関係ない話ですけれど(笑)。

――F・マリノスやエスパルス、ベルマーレでの経験をお持ちのせいか、降雪地域の話にとどまらず、日本サッカー全体のことを語っていらっしゃる印象です。

 やっぱりJリーグのトップクラブが世界のトップ・オブ・トップと伍して渡り合うというところまでいかないと。せっかくプロサッカーリーグを作ったのに、ファーイーストの小さい国のリーグだと軽んじられたままでは、この稼業でプロとしてやっている僕たちは悲しいですからね。Jリーグのトップクラブが世界基準になったら、必ず放映権料も上がるのではないかと思います。そうしたら、J2、J3のクラブの配分金も上がるはずです。

 僕はヨーロッパに赴任していた80年代、イングランドのサンダーランドに住んでいて、プレミアリーグ前夜を目の当たりにしているんです(プレミアリーグは92年に創設)。リーグの価値があれよあれよという間に上がっていきましたから。Jリーグもトップチームが世界基準になっていけば、その対価は必ずリーグ全体に返ってくる。それが資本の論理だと思います。だから僕は、カターレ富山だけの話をせず「そういう風にJリーグを売っていかないといけないんじゃないですか」っていう発言をしていきたい。

 今回、シーズン移行の話が出てきたときは、「ACLが移行した」「クラブワールドカップが拡大される」「夏場の試合を少なくしたい」という話がメインでしたが、途中から「シーズン移行は世界で戦えるJリーグを作るためのひとつの方策」というふうにスタンスを変えましたよね。あれは、僕たちが言ってきたことでもあり、野々村チェアマンが本音で考えていることなんですね。「それが秋春制と直接つながるのか」って言う人もいるんですけど、つなげなきゃダメでしょって僕は思いますね。

(企画・編集/YOJI-GEN)

左伴繁雄(ひだりとも・しげお)

1955年10月26日生まれ、東京都出身。慶應義塾大学を卒業後、日産自動車に入社。日産では英国日産自動車製造の設立に携わった。01年に横浜F・マリノスの社長に就任し、03年には岡田武史元日本代表監督を招聘してリーグ連覇を達成。07年に横浜FMの社長を退いて日産プリンス神奈川販売の執行役員を務めたが、08年秋に日産を退職し、湘南ベルマーレの常務取締役、専務取締役を歴任する。15年からは清水エスパルスの社長を、20年からはジャパン・バスケットボールリーグのベルテックス静岡のエグゼグティブスーパーバイザーを務め、21年5月にカターレ富山の代表取締役社長に就いた。

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著者プロフィール

東京都生まれ。明治大学を卒業後、編集プロダクションを経て、日本スポーツ企画出版社に入社し、「週刊サッカーダイジェスト」編集部に配属。2012年からフリーランスに転身し、国内外のサッカーシーンを取材する。著書に『黄金の1年 一流Jリーガー19人が明かす分岐点』(ソル・メディア)、『残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』(講談社)、構成として岡崎慎司『未到 奇跡の一年』(KKベストセラーズ)などがある。

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