大谷のトレードに“動けなかった”エンゼルス 補強はその場しのぎ、将来への不安浮き彫りに

丹羽政善

本気でトレードをする気は…

スター選手を好むモレノオーナーの影響は垣間見える 【Getty Images】

 くだんのダルビッシュのトレードでも、レンジャーズは当初、ウォーカー・ビューラーを求めた。ビューラーは今年、昨年8月にトミー・ジョン手術を受けたことで戦列を離れているものの、18年からローテーションに定着し、エース格に成長した。

 しかし、レンタルとなる可能性があり、実際にそうなったダルビッシュに対し、ドジャースがウォーカーを差し出すことはなく、最終的にはウィリー・カルフーンを中心に話がまとまっている。ただ、カルフーンは19年に83試合で21本塁打を放ったが、その後は低迷。28日、ヤンキースを戦力外となった。

 結局、レンタルプレイヤーに対してトッププロスペクト(若手最有望株)を放出することは、割に合わない。エンゼルスが先発右腕ルーカス・ジオリトと救援右腕レイナルド・ロペスを獲るために、球団のナンバー2と3のプロスペクトをホワイトソックスに放出したのは、まさにこのトレードで、「何を考えているんだ?」との声が上がった。

 プロスペクトランク1位は肩の故障で負傷者リストに入っている捕手のローガン・オホッピーだが、彼はすでにメジャーリーガーといってもいいので、実質的にエンゼルスは球団のトッププロスペクト2人を差し出したことになる。その是非は後述するが、大谷の価値に見合う選手を獲得できない以上、エンゼルスに彼をトレードする選択肢などなかったといえる。

 また、本気でトレードをする気があったなら、すでに触れたように、期限の5日も前に「大谷をトレードしない」とわざわざ発表する必要もなかった。いろんなチームに競わせ、欲しい選手を相手が交換要員に加えるまで、粘っても良かった。そこを見極めてからでも、発表は遅くなかったのである。

 もしもオリオールズが、ジャクソン・ホリデー(MLBプロスペクトランク1位)をオファーしてきたらそれを断れたか。さすがにホリデーは無理でも、ヤンキースがジェイソン・ドミンゲス(プロスペクト40位)と正二塁手グレイバー・トーレスのパッケージを提示したら、それを無視できたか。

ちらつくオーナーの影

 1年前から、いや何年も前から始まっている不可解な一連の動きは、“その場しのぎ”という言葉でだいたいの説明がつくが、そこにはやはり、アート・モレノオーナーの影がちらつく。

 大谷に対して、例えば、マリナーズがフリオ・ロドリゲスとジョージ・カービーを交換要員としてオファーしたとしても、モレノオーナーがノーと言えば、ノー。ジオリトとロペスを獲るために、貴重なプロスペクト2人を出すことに対してペリー・ミナシアンGMが難色を示しても、「獲れ!」と言われれば、従うしかない。

 モレノオーナーが球団売却を公表した昨年8月、これで、彼の肝いりで獲得したアンソニー・レンドンを放出できると一部は小躍りしたが、売却撤回で、不良債権のまま。彼はスター選手を好み、彼らとは惜しみなく長期高額契約を交わすが、一方で年俸総額に上限を設け、一定額を超えた場合に課されるぜいたく税は払わない、という理不尽な不文律をフロントに課す。

 よって今オフ、仮に大谷との再契約に成功しても、その場合、マイク・トラウト、レンドン、大谷で年俸総額の半分以上を占めることになる。となると、他の補強がままならない。若手が台頭すればいいが、その若手は今回のように惜しみなくばら撒いてしまうので、ほとんど手持ちがない。今回、アストロズがジャスティン・バーランダーを獲得するためにプロスペクトを出したことで、 エンゼルスのファームシステムランキング(米データサイト「ファングラフス」)が30位から29位に上がったが、そういうレベルなのである。

 これでプレーオフを逃し、シーズン終了後に、大谷、ジオリトらに移籍されたら、エンゼルスの将来は、大谷がいた6年以上に厳しいものとなりそう。いや、プレーオフに出場したとしても、長期的な視野で補強をしているわけではないので、大谷と再契約ができても、レンドンとの契約が切れる2026年までは、船底に浸水した水を手ですくって外に捨てるような状況が続く。

 エンゼルスは30日、ロッキーズからCJ・クローンとランデル・グリチェックを獲得。彼らも今オフ、FAとなる。完全なレンタル選手に、エンゼルスはプロスペクトランク8位と28位の選手を放出。これは、テイラー・ウォードが顔面に死球をうけ、今季ほぼ絶望となったことから行われたトレードであり、緊急性を加味すれば、適正との評価もあるが、代わりに昇格させる外野手がいないマイナーの層の薄さを、同時にさらした。

 エンゼルスは大谷を残し、プレーオフに出場するため、すべてをつぎ込んだーーといえば聞こえがいいが、そうせざるを得ない状況に追い込まれただけであり、将来への投資を欠く戦略には、やはり不安がつきまとう。今年のトレード期限を終え、改めて退路なき彼らのリスキーな戦略が、浮き彫りとなった。

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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