ヌートバーが振り返る侍ジャパンとWBC優勝 「夢」の実現後に再び披露した満面の笑み

丹羽政善

ダルビッシュ有、大谷翔平との初対面

ヌートバーは改めて大谷翔平を「別格」と評した 【Photo by Megan Briggs/Getty Images】

 1月にインタビューしたときも、「チームに馴染むには、時間が必要だから、出来るだけ早くチームに合流したい」と話し、ダルビッシュが日本代表の合宿に初日から参加するようだと連絡すると、「そうなの? 代理人が同じだから、自分もそれが可能か聞いてみる」とすぐに返事があった。

 それは結局、保険の問題など、様々な理由で実現しなかった。よって、WBC初戦まで1週間しかない状況での合流には焦りもあった。

 ただ、そんな不安を察し、解消してくれたのがダルビッシュだったという。

「初めて会ったとき、正直緊張した。彼にいい第一印象を与えたいと思っていた。でも、彼こそが、チームに馴染めるよう、色々手助けをしてくれたんだ。本当に色んな面で」

 英語で会話が出来ることも彼を安心させたが、今回のWBCでは、多くの選手がダルビッシュの気遣いに救われた。先輩たちに圧倒され、気後れしていた宇田川優希(オリックス)を食事に連れ出したのもダルビッシュ。今永昇太(DeNA)も、ダルビッシュから様々なアドバイスを受けたと明かした。ダルビッシュ本人は決して本調子ではなかったが、その存在感が、チーム全体に安心を与えた。

 名古屋でチームに合流したヌートバーは、大谷にも初めて会ったが、同じ組で打撃練習をすることになり、「へこんだ。自分にがっかりした」とショックを受けた。

「打撃練習であんな打球を見たことがなかった。異次元というか別格だった」

 対抗しようと力が入った。自分もメジャーリーガー。しかし、「初日であきらめたよ」と苦笑。「絶対無理だと思ったから」。それからは、「試合のために必要なことに専念するよう心がけた」という。「だってあれはもう、別格だから」。

夢の実現、歓喜のあと

アメリカ代表の怖さを誰よりも感じていたヌートバー。優勝を決めると「安堵」して歓喜の輪に加わった 【Photo by Daniel Shirey/WBCI/MLB Photos via Getty Images】

 そこからの活躍は知られる通り。持ち前のキャラクターがファンにもチームメートにも愛され、溶け込むのに時間はかからなかった。

 よってここで、米国とのWBC決勝——九回2死でマイク・トラウト(エンゼルス)を迎えた場面まで一気に時計を進める。

「併殺で2アウトになって、トラウトが打席に向かってみんな興奮していたけど、こっちはそうはいかない」とヌートバー。

 ホームランで同点。長打を打たれれば、一気に流れが変わりかねない。トラウトの後ろを打つポール・ゴールドシュミットとノーラン・アレナドは、カージナルスのチームメートでもあり、誰よりも怖さを知っている。

「あの打線は、なにが起こるか分からない。トラウトの後はゴールドシュミットとアレナドだった。その後はシュワバー(フィリーズ)だったけど、とにかく打線がすごいから」

 長打を警戒し、「かなり深めに守っていた」とヌートバー。それぞれの打球方向の傾向もイメージ。「しっかり頭を使ってシナリオを考えた」。

 大谷がトラウトを三振に仕留めるとすべて杞憂に終わったが、「あの打線はやっぱり怖かったよ」。心底ホッとし、そのまま歓喜の輪に向かった。

 安堵した理由は他にもあったよう。

「母親の生まれ育った日本のファンをがっかりさせたくなかったし、日本を代表して戦う限り、イチローがWBCで築き上げたものを傷つけたくなかった」

 ヌートバーが侍ジャパンでプレーすることに憧れたのは小学生の時。「やっぱり、イチローの決勝打(2009年WBC、韓国との決勝)じゃないかな? あの盛り上がり、あの熱量。あんなのをみたら、誰だっていつかプレーしてみたいと思うよ」。

 その夢が実現した。すると今度は、その重みを実感した。日本ではずっと陽気に振る舞っていたが、実際は相当なプレッシャーで、イチローと話したときにはそんな思いも吐露したそうだ。 

 さて、イチローと会った後でクラブハウスに戻ったヌートバーは、クラビー(クラブハウスで働く人たち)に、「マリナーズ・ストアでイチローのユニホームを買ってきてくれないか」とお願いした。

「恥ずかしいとか、いっていられない。こんなチャンス、絶対に逃せない」

 シアトル遠征中にサインをもらえれば、と思っていたようだが、初日の試合後、クラブハウスに戻るとイチローのサイン入りユニホームが、すでに届けられていた。

 ヌートバーは満面の笑みで、みんなに披露した。

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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