8敗の最軽量級ボクサー・高田勇仁からの大きなメッセージ ジム約33年ぶりのタイトルマッチで悲願のベルトを目指す

船橋真二郎

昨年9月、3年ぶりに開催されたジュニア・チャンピオンズリーグ全国大会のポスター 【日本プロボクシング協会提供】

“ジュニア世代の登竜門”から

 《みんなここから始まった、次は君達の番。》――。2022年9月4日、東京・後楽園ホールで「第4回ジュニア・チャンピオンズリーグ(JCL)全国大会決勝」が開催された。各地区予選を勝ち抜いたジュニア世代の男子・女子選手がU-9(9歳以下)、U-12(12歳以下)、U-15(15歳以下)、U-18(18歳以下)の各カテゴリに分かれ、体重別に優勝を争う大会だ。

 ボクシングに打ち込む子どもたちにとって、3年ぶりの晴れ舞台だった。新型コロナウイルスの影響で、2020年、2021年は開催が見送られた。再開にあたり、PRポスター等で子どもたちへの激励を込めたキャッチコピーが冒頭のメッセージ。キービジュアルには井上尚弥、井上拓真・兄弟(大橋)、田中恒成(畑中)、中谷潤人(M.T)、前身の「U-15ボクシング全国大会」出身の4人の世界チャンピオンが起用された。みんなここから始まった、と。

 プロ、アマチュアの枠を超えたボクシングの発展、普及を目的とし、2008年に「第1回U-15全国大会」が開催されて約15年。“ジュニア世代の登竜門”として定着してきた。4人に限らず、現在のプロ、アマのトップで活躍する選手には、この大会経験者も少なくない。

 2月16日、後楽園ホールで行われる「フェニックス・バトル」で、日本ミニマム級王座決定戦に出場する同級2位の高田勇仁(ライオンズ、24歳)もそのひとり。初めてのタイトルマッチで、同級1位で元東洋太平洋王者の小浦翼(E&Jカシアス、28歳)とベルトを争う。子どもたちの目標として、夢の体現者として、大会のシンボル的存在になった井上兄弟、田中、中谷を始め、いわゆるホープと脚光を浴びる選手たちとはまったく異なるキャリアをたどってきた。

タイトルへの道を切り拓いた必殺の“ユニ・ブロー”

2月16日、日本ミニマム級王座決定戦に臨む高田勇仁 【写真:船橋真二郎】

 東京の西部、東大和市。昭和の風情漂う年季の入ったライオンズボクシングジムに重い衝撃音が響き渡る。渡邉利矢トレーナーが構えるドラムミットに一発一発、タイミングと角度を確認しながら、高田が左を叩きつける。熱が入る理由は言うまでもない。ジム内で“ユニ・ブロー”と命名された必殺のパンチで、タイトルへの道を切り拓いた。

 2022年の2試合は、あまりにも鮮烈だった。7月、それまで2度戦って、判定で1勝1敗の伊佐春輔(川崎新田)をわずか41秒、左フック一撃で八王子のリングに斬って落とし、11月の後楽園ホールでは、5回に日本タイトル挑戦経験のある当時WBO世界ミニマム級13位の森且貴(大橋)をまたも左一閃で豪快に沈めた。

 実は伊佐戦が嬉しい3年ぶりの勝利だった。2015年8月に17歳で4回戦デビュー。ここまでの戦績は10勝(5KO)8敗3分である。「悔しさと。自分への情けなさと。これでいいのかって悩んだりしたこともあったんですけど、やっと練習してきたものが出始めて。またボクシングを楽しめるようになりました」。はにかんだような笑顔を浮かべた。

 デビュー戦の印象が残っている。どこまでも強気にぐいぐい攻める。小柄ながら、全身のバネを使い、ボディワークと連動した動きでダイナミックに左右のパンチをつなげる。躍動感のあるボクシングが目を引いた。ジャッジ3人がほぼフルマークをつける完勝だった。「体重46.3kg。体づくりが課題か」。当時の取材メモに記してあった。最軽量級のリミットまで1.3kgも届いていなかった。

 実際はもっと余裕があったらしい。何とも豪快なエピソードを渡邉トレーナーが教えてくれた。「あのときは体重が足りな過ぎて、直前にラーメン屋に飛び込んで、ラーメン食ってから計量に行ったんだよな」。デビュー前後の1年あまりは自宅に住まわせ、「毎日、食え、食え、食わないと体がデカくならないぞって」。もちろん、体づくりのトレーニングもたっぷりと。高田は「今はだいぶ減量するようになったんで」と、また照れたように微笑んだ。

 だが、この少年の面影を残すボクサーは、リングでは異質の笑みを見せる。激しく打ち合っているとき、あるいはダウンを奪ったニュートラルコーナーで、立ち上がる相手を眼光鋭く見据えながら再開を待つとき。心の底から湧き上がってくるような、ちょっとゾクッとする笑みだ。

「笑ってたねって、よく言われるんですけど、自分、気づいてないんです(笑)。でも、勝てると言われる相手とやって勝つより、1%しか勝つ可能性がないと言われるような相手のほうが自分はやりたいって思うんですよ。この相手を倒したら……。想像すると楽しくなってくるんです。リングに上がった瞬間からワクワクして。そういうのが自然と出るのかもしれないですね」

 初めてグローブをはめて戦ったのは、8歳の頃。きっと同じような笑みがこぼれていたのではないかと想像する。ボクシングに目覚めたのは、フィリピンのリングだった。

「もしかしたら自分はすごいんじゃないかって、子ども心に。体の中からパワーが芽生えてくる感じがしたんです」

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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