[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第13話 評価が分かれた壮行試合

木崎f伸也
 だが、選手たちの体力の残量ゲージは、確実にゼロに近づいていた。

 右サイドにボールがある場合、左サイドバックは中央まで寄せるのがノイマンのルールだ。上下左右の移動が要求され、ダッシュ、バックステップ、反復横跳びを繰り返すサーキットトレーニングのような負荷がかかった。前半15分を過ぎると、丈一の足は早くもつりそうになっていた。

【(C)ツジトモ】

 他の選手も消耗し、タフなマルシオとグーチャンですら、ボールへの寄せが遅くなった。その隙を、チリは見逃さなかった。

 前半30分、正確なロングパスを裏に通され、走り込んだFWが先に追いつき、GKクルーガー龍の右肩上をミドルシュートでぶち抜かれた。

 ここから日本の守備は崩壊してしまう。中途半端なプレスをかわされては、裏を取られ続けた。前半終了の笛が鳴ったとき、スコアは1対3になっていた。


 ロッカールームに戻ると、高木と今関が口論になっていた。背番号順でロッカーの場所が決まっているため、8番高木、9番丈一、10番今関は席が隣り合っている。

「ゼキ、途中から全然動けてなかったぞ。おまえがもっと中へ絞ってくれないと、プレスがかからない」

「うっせえなぁ、分かってるってーの。右サイドバックなんてやったことねえんだよ。ヨースケこそ、トップ下ならもっとボールをキープして、リズムを変えてくれ。あんなに守備ばっかしてたら持つわけない」

「俺は監督の指示通りやってるだけだ」

 丈一が「落ち着け……」と声をかけようとしたとき、ノイマンが手をたたきながらロッカールームに戻ってきた。ドイツ人監督は、なぜか笑みを浮かべていた。

「君たちはよくやった。私の想像以上のプレッシングを見せてくれた。親善試合で大事なのはスコアじゃない。新しいコンセプトを実戦で試し、何ができて、何ができなかったかを理解することが目的だったからだ。さて、他のやり方もテストしよう。後半は君たちが慣れている4−3−1−2に変更する」

 丈一が呆気にとられていると、ノイマンが近づいてきて告げた。

「ジョー、ゼキ、ヨースケ。オツカレサマ。君たちはここで交代だ。着替えたら、じっくりとクールダウンしてくれ」

 3人の代わりに長身FWの佐々木俊、ベテランでセンターバックの角田雷太、左サイドバックの深川章が投入された。秋山がセンターバックからアンカーに上がり、有芯がトップ下になる。これなら混乱が少ないだろう。

 丈一、今関、高木は控え選手のウォーミングアップを邪魔しないように、ゴール裏の広いスペースでクールダウンを始めた。観客が湧くたびにピッチへ目をやるものの、ジョギングしながらだと細かい内容までは分からない。

 今関が高木に話しかける。

「この戦術さ、オラルをさらに激しくした感じで、絶対に無理だと思うんだけど。90分間持つわけがない」

 一方、高木はポジティブな印象を持っていた。

「そう? 俺は少しおもしろかったけどなぁ。オラルのときは全然ボールを奪える気がしなくて、無駄走りって感じだった。けど、今はボールを取れる手応えがあるんだ」

 反射的に今関が毒づく。

「手応えねぇ。ラグビー選手みたいにタッチラインに蹴り出すのは、確実にうまくなりそうだな」

 高木は今関と話しても意味がないと思ったのだろう。丈一に意見を求めてきた。

「ジョーはどうなんだよ」

 丈一は本心では、今関と同じ思いだ。あまりにもプレスが激しく、体力の消耗が大きい。自分に左サイドバックの適性がないことも明らかだ。だがキャプテンとして、チームメートの前で指揮官の戦術を否定することはできない。

「オラルさんに気を遣って、路線を継続しているのかもな。少しずつ変わっていくんじゃないか」

「おいジョー、本音を言えよ。W杯開幕まであと2週間しかないんだ、キャプテンとして何とかしてくれよ」

 今関がかみ付いてきた。

「こいつは誰が監督でも文句を言うから、聞き流せばいいぞ」

「ヨースケは自分に合う監督が来ただけだろ。オラル時代はめちゃくちゃ文句言っていたくせに」

 チームとして最もいい形は何だろう? 丈一は2人の言い合いを聞きながら考えた。賛成派と反対派が互いを説得しようとしても、意見がぶつかるだけだ。ただでさえ、代表には一癖ある選手が集まっている。

 ある本でアメリカの実業家が、こう語っていた。「人に意見を押し付けるのは間違いだ。暗示を与えて、結論は相手に出させる方が利口だ」。本音を言い合って、自然に意見がまとまる方がいい。

 丈一はある提案をした。

「みんなそれぞれ思うところがありそうだな。どうせ試合後の夜はアドレナリンが出て寝られない。先発したメンバーで集まって、話をしないか」

 今関は「夕飯のあとに? 面倒くさい」と言いながらも、みんなで集まるというイベント感に少しワクワクしているようだ。高木も「他のやつの意見も聞きたいな。やろうぜ」と同意した。

「よし、やろう。夕飯が23時半だから、集まるのは0時半にしようか。場所はリラックスルーム。俺が先発メンバーに声をかけておく」

 歴代の日本代表は、W杯直前になると、決まって選手だけでミーティングを開いてきた。ポジティブに作用することもあれば、ネガティブに作用することもある。戦術をめぐって口論になり、チームが分裂したことが過去にあった。それでも開催せずにはいられない魔力を、選手ミーティングは持っている。

「ジョー、選手ミーティングはよほどのことがない限り、開かない方がいい。本当に必要だと思ったときにだけ、監督の許可を取ってから開け」

 2026年W杯を率いた日本人監督から言われた教えだ。彼自身も代表でキャプテンを務めた経験があり、選手ミーティングの危険性を知っている。

 丈一はその教えが頭をよぎりながらも、「先発組しか集まらないから」と判断し、監督の許可を取らなかった。

 それに自信があった。自分がしっかりコントロールすれば、もめることなんてありえない――と。

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【もくじ】
第1章 崩壊――監督と選手の間で起こったこと
第2章 予兆――新監督がもたらした違和感
第3章 分離――チーム内のヒエラルキーがもたらしたもの
第4章 鳴動――チームが壊れるとき
第5章 結束――もう一度、青く
第6章 革新――すべてを、青く

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始

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