決勝進出の決め手は「HT後の1投目」 近江谷杏菜がロコ・ソラーレの快挙を分析

竹田聡一郎

作戦と精度で上回り4点を奪取した5エンド

一気に4点を奪いビッグエンドとなった5エンド。いい流れでハーフタイムを迎えた 【Photo by Lintao Zhang/Getty Images】

――試合が動いたのは5エンド。夕梨花選手のコーナーガード(味方のストーンを守るためにサイドに配置するストーン)を足がかりに、ロコ・ソラーレは複数点を取りにいく意思を見せます。

 後攻の3エンドもそうだったのですが、このスイス戦はコーナーへのドロー(ハウス内にストーンを入れること)を意識していた気がしました。3エンドはストーンの積み方がスイスのほうが優れていたので1点にとどまりましたが、5エンドは鈴木選手のヒット&ロール(相手ストーンをはじき、その跳ね返りで自分のストーンを有利な場所に置くショット)でコーナー裏を突くと、吉田知那美選手もコーナーへのドローでハウス内にストーンを送り込みます。

 内から外に投げるドローは難しく、スイスにしては珍しくスイープ(ブラシで氷上を掃いてストーンの速度や方向を調整すること)にミスが出ていましたね。そのあたりからも、ウェイト(ストーンのスピード)を変えると曲がりが読めなくなる複雑なアイスの状態だったように見えました。そんな中で日本は1投ずつコツコツと貯金を作って、最後に藤沢五月選手がしっかり仕留める。作戦と精度で上回ったビッグエンドでしたね。

――3点リードでハーフタイム。先攻で6エンドを迎えます。

 その6エンドに私は「勝負の分かれ目」があった気がします。3アップ(3点リード)でしたが、ロコ・ソラーレは先攻だったのでここで複数点を取られると5-4となってしまう。なんとか相手に1点を取らせる「フォース(後攻の相手に1点を与えること)」を成功させたいエンドでした。夕梨花選手の1投目がしっかりハウスのTラインの前、狙ったところに置けたんですね。これが大きかった。

――投げた夕梨花選手には失礼ですが、とても地味で普通のショットに見えますが。

 そうなんです。その地味で普通のショットをハーフタイム明けに決めたことがチームにとってはとても大きいことでした。ハーフタイムはただの休憩ではありません。前半5エンドの戦い方を振り返りながら、後半に向けての情報共有などをする貴重な時間です。5分の中断があるのでアイスの状況にも変化があります。前半と後半とはいえ、ある意味では別の試合という捉え方をしてもいいくらいなんです。

 そこで仮にリードの選手が狙ったところにストーンを置けないと、「ウェイトなのか幅なのか」「アイスが滑りやすくなったのか」をもう一度チームで探り直す作業が必要になるかもしれません。そうなると不安や不確定要素を持ったまま後半戦に入ることになります。夕梨花選手が狙ったところに置くことでそのリスクを払拭してくれた。あの一投が後半のガイドラインになってくれました。

――なるほど。確かにスイスはコーナー戦に持ち込もうとしますが、鈴木選手がセンターにガードとカムアラウンド(ガードストーンの後ろへ回り込んで止めるドローショット)を決めて戦場をセンターに引っ張り出した展開で、スイスの選手にもミスが出ていましたね。

 スイスのセカンドのエスター・ノイエンシュバンダー選手も、サードのシルバナ・ティリンツォーニ選手も本当に素晴らしい技術を持ったカーラーです。それでも見ていて「ああ、今日はアイスとの相性が悪いんだろうな」とか「イメージより氷が変わっているんだろうな」という日があるのですが、本当に1年に1回くらいですね。それが昨日だったのかもしれません。この偶数エンドの加点でかなり勝利に近づけましたよね。

3失点後の8エンドで吉田夕梨花が見せた「ウィック」

3点を奪い追いすがるスイスの勢いを止めたのが吉田夕梨花のウィックだった 【Photo by Lintao Zhang/Getty Images】

――もちろん痛い失点ではありましたが、続く7エンドで3点を失っても、日本に悲壮感や焦りは特に感じられませんでした。

 ここはスイス本来の正確な、1投に2つ、場合によっては3つの役割を与えるショットが冴えました。日本は1手ずつ遅れてしまった感じですね。やっぱりあっさり逃げさせてはくれませんでしたね。

――8エンド、日本は夕梨花選手のウィック(ガードストーンをアウトにしないように位置をずらすこと)が2本決まります。改めてウィックとはどんなショットか。その狙いを教えてください。

 エンドごとに両チームリードの2投ずつと、先攻のチームの1投目、計5投の「ファイブロック」はハウスに入っていないストーンをテイクはできません。なので、センターに置かれたガードストーンに自分のストーンをちょこっと当てて、プレーに影響のない場所までずらします。そのショットが「ウィック」です。

 この試合のように主に後攻のチームが逃げたい時、もうちょっと言えば絶対にスチールされたくない時、ブランクエンドでもOK、悪くても1点は取ってゲームを進めたい時などに使います。センターラインを広く空けておいてどんな展開になっても対応しやすいので、まずはセンター確保という狙いです。

――どのあたりが難しいショットとされている理由ですか?

 投げ手がスキップの示す曲がり幅とウェイトを正確に守りつつ、それがちょっとでもズレた時にその情報をスイーパーとハウスで曲がりの予測をアップデートしていく必要があります。ストーンが動いている間にそれを実行しないといけない、正確で頻繁なコミュニケーションが求められます。世界的にはウィックはもう決まるショットになってきている一方で、夕梨花選手のすごい点は、この8エンド、さらに10エンドの2本も含めた4本で、相手のセンターガードとシューター(自分の投げた石)をサイドボード付近まで運び、ほぼ無力化していることです。

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著者プロフィール

1979年神奈川県出身。2004年にフリーランスのライターとなりサッカーを中心にスポーツ全般の取材と執筆を重ね、著書には『BBB ビーサン!! 15万円ぽっちワールドフットボール観戦旅』『日々是蹴球』(講談社)がある。カーリングは2010年バンクーバー五輪に挑む「チーム青森」をきっかけに、歴代の日本代表チームを追い、取材歴も10年を超えた。

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