【浦和レッズ】耳の痛い言葉も「すべて愛情」…伊藤敦樹は覚悟をもって浦和を引っ張っていく「まだクラブの顔には…」

浦和レッドダイヤモンズ
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【©URAWA REDS】

 もう若手ではない。大卒プロ4年目の25歳。ルーキーイヤーから浦和レッズの中盤を支え、年を重ねるごとに浦和を背負う責任をひしひしと感じている。主力の自覚を持つ伊藤敦樹は、シーズン前から覚悟していた。

「去年、日本代表に選ばれ、初めてJリーグのベストイレブンにも選出されたので、今季はそれだけ期待もされているだろうなって。当然、僕に課される周囲のハードルは高くなる」


 そのあふれる意欲とは裏腹に思うようなスタートは切れなかった。

 ペア マティアス ヘグモ新体制で任されたポジションは、従来のボランチから1列前に出たインサイドハーフ。わずか数メートルの移動ではあるが、ポジショニングも変われば、役割も変化した。

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 特に攻撃面では、より得点に関与するプレーが求められている。想定以上に新しい戦術の順応に苦労した。迷いもあり、葛藤もあった。4月24日、YBCルヴァンカップ初戦のガイナーレ鳥取戦で公式戦初ゴールを奪っても、もどかしさは消えなかった。

 まだファン・サポーターの期待には応えられていない――。

 頭の中がすっきり整理されてきたのは、4月28日の名古屋グランパス戦からだ。試合の2日前に日本代表に初選出される直前のプレーなどを見返し、持ち味を再確認した。

「普段、昔の映像はあまり見ないのですが、『こういうプレーが俺の良さだな』と思いました。試合に臨むメンタルを含め、気づいたことは多かったですね。その直後の名古屋戦はチャンスに多く顔を出し、ゴール前でのプレーも増えたと思います。何よりも自分の良さが出せて、チームが勝てたのは大きかった。あとは個人の結果だなって」

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 調子の良さを測るバロメーターは、守備でボールを奪えているか、攻撃で前に出てチャンスに絡めているかどうかだという。5月6日、ホームの横浜F・マリノス戦では、手応えを十分に感じた。タイミング良くスペースに入り、先制点を記録すると、2点目も力まずにコースへ流し込む。いずれも利き足とは逆の左足だった。

「試合が終わってから、『また左か』と思いました(J1リーグでは23年に2得点、22年に2得点を記録)。フィーリングがいいのかもしれませんね。力が入らないのでコースを狙えるんですよ。そろそろ右足でも決めたいです」

 笑顔を浮かべ、冗談まじりに振り返るほど、心の余裕が生まれている。

「やっと結果を出せ、吹っ切れた感じです。もがきながらもやり続けていれば、ゴールは生まれると思っていましたが、正直、少しほっとしています。難しさを感じていたシーズンの立ち上がりだったので、得点後はこみ上げるおもいもありました」

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 レッズのインサイドハーフで開幕から全試合先発出場しているのは伊藤のみ。目に見える結果を出せないなか、複雑なおもいを抱えていた。

 同じポジションでピッチに立てるのは伊藤を含めてふたりだけ。ベンチに座るチームメートもいれば、メンバー入りできない選手もいる。チャンスをもらえていない仲間の心情を想像すると、はがゆかった。


「個人の結果を出さず、試合にも勝てていないとなれば、『なんでだよ』と思うのはプロ選手として、当然の気持ちです。僕も人ですから、そういう雰囲気は分かります。このクラブで試合に出る以上、責任を持たないといけない。僕はとにかく結果を出すしかなかった」

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 一部のファン・サポーターの厳しい声もしっかり受けて止めていた。敗戦後、スタンドに挨拶へ行けば、耳の痛い言葉も聞こえてくる。絶好機を生かせない試合もあった。失点につながるミスがクローズアップされ、批判の的になったこともあった。

 リーグ初ゴールを決めるまでのプレーがすべて低調だったわけではない。得点に関与しなくても貢献した試合はいくつもあったが、ノーゴールのレッテルは貼られたままだった。それでも、結果だけで評価する人たちに負の感情を覚えたことはない。浦和の街で育ち、幼少期からレッズを追いかけてきたからこそ分かるという。

「見ている側からすれば、言いたくなるのも当たり前。昔、僕自身もそういうときはありました。他のどこよりも熱く応援しているからこその声です。プロ選手として、厳しい意見から目を背けると、サッカー選手として成長できなくなります。風当たりの強さは感じましたけど、それも含めて愛情だと思っていました。期待されている証かなって」

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 リーグ初ゴールを決めた試合後、真っ赤に染まった埼玉スタジアムをゆっくり一周回ると、情味のある声が胸に染みた。「やっとだな」「もっとできるぞ」「これからだぞ」という心温まるエールでモチベーションはより高まった。

「すべて愛情ですね」

 すでにレッズでは、J1リーグで111試合出場。名実ともにチームの核となりつつあり、自らの置かれている立場も理解している。積極的に声を出し、周りを鼓舞するタイプではないが、ピッチ外でも果たすべき役割はあるという。

「中心選手の責任と覚悟を持って闘わないといけない。背中で示していきたいです。目の前に試合に集中して勝ち続ければ、また日本代表も見えてくると思っています。僕もレッズを引っ張っていく立ち位置になってきました。そこにやりがいもすごく感じますが、まだクラブの顔にはなり切れていません。もっと結果が必要です」

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 連戦が続く5月15日の京都サンガF.C.戦でも先発メンバーに名を連ねて、1アシストを記録。今季初の3連勝に貢献し、いよいよチームも波に乗ってきた。じりじりと順位を上げ、4位まで浮上。首位ヴィッセル神戸との勝ち点差は6ポイントになっている。


 物心ついたころからゴール裏で強いレッズを見て育ってきた伊藤は、積年のおもいを口にする。

「チームを勝たせる選手になり、タイトルを獲りたい。リーグで優勝したときには、自分がレッズの『象徴』になっていたいですね」

 高い壁をひとつ乗り越え、またたくましくなったようだ。いま背番号3の背中は、自信がみなぎっている。


(取材・文/杉園昌之)
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著者プロフィール

1950年に中日本重工サッカー部として創部。1964年に三菱重工業サッカー部、1990年に三菱自動車工業サッカー部と名称を変え、1991年にJリーグ正会員に。浦和レッドダイヤモンズの名前で、1993年に開幕したJリーグに参戦した。チーム名はダイヤモンドが持つ最高の輝き、固い結束力をイメージし、クラブカラーのレッドと組み合わせたもの。2001年5月にホームタウンが「さいたま市」となったが、それまでの「浦和市」の名称をそのまま使用している。エンブレムには県花のサクラソウ、県サッカー発祥の象徴である鳳翔閣、菱形があしらわれている。

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