0.03秒差でも「まだまだ遠いと感じた」 泉谷、金井が開けなかったファイナルの扉

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普段は起きないことが起こる「準決勝」の難しさ

男子110メートル障害準決勝 3組3着で決勝進出を逃した泉谷駿介=国立競技場 【共同】

 3年前の日本選手権で、金井が14年破られなかった従来の日本記録を更新(13秒36)して以来、この種目は猛烈なスピードで世界との差を詰めていった。五輪シーズンの21年に入ると、4月に金井が13秒16をたたき出し、これまで日本人が到達していなかった13秒1台のタイムに到達。その2カ月後には、泉谷が13秒06という驚異的な新記録を樹立。ベストタイムを見れば、2人そろって決勝に進んでもおかしくないところまで進んでいた。もう1人の五輪代表である高山峻野(ゼンリン)も含め、3人の実力者が高いレベルで国内のトップを争ったことで、一気にレベルが底上げされた結果だ。

「泉谷さんはどんな大会でもすごく落ち着いて、リラックスしているように見えます。いつも心に余裕があるように見えますね」。同じ順天堂大で3000メートル障害の三浦龍司は、泉谷に対してこんな言葉を残していた。初出場の東京五輪で7位に食い込んだ実力者がうらやむほどの、何事にも動じない精神。ただ、この日に限ってはそのメンタルに揺らぎが生じた。

「アップの時からかなり暑くて、それもあって集中力が保てなかった部分がありました。あと、昨日の終わった時間も遅くて……。条件はみな一緒だと思うんですが、そこに向けての調整が甘かったと思います」。19時36分に予選を終えた泉谷は、そこから約15時間半後の11時16分に準決勝を戦っていた。夜から昼の炎天下に条件が変わる、経験のないレースになったことも、心に動揺を生む原因となった。

 また、金井が実戦で転倒を余儀なくされたのは、法政大3年時の全日本学生個人選手権以来、5年ぶりだったという。この時も、隣の選手との接触によるものだった。本人はそこで耐えきることも実力だと真摯(しんし)に受け止めたが、普段ならまず起こらないような事態が突然降りかかってくることも、セミファイナルというレースが持つ重みを感じさせられた。「(決勝までの0.03秒は)あとちょっとのように見えて、まだまだ遠いなっていう感じでしたね」。その重みを直に味わった泉谷は、自分に言い聞かせるように語った。

世界との差を詰めた2人は別々の道へ

転倒しても最後まで走り切り、振り返って礼をする金井。このレースを最後に現役引退し歯科医師を目指す 【写真:松尾/アフロスポーツ】

 57年ぶりに準決勝へと進出した2人は、今後別々の道を歩む。事前の公言通り、歯科医師になるための勉強を進める金井は「ハードル技術に関しては、人一倍目を向けてやってきた。細かい部分も自分の感覚として、後の世代の方々に伝えていきたい」と語った。これまでとは違う挑戦をしながら、自らが培ってきた技術を伝えることで、後続にバトンを託す。

 泉谷にとっては順天堂大の後輩である村竹ラシッドら、24年のパリ五輪を目指す有望な若手も育ってきている。間違いなくその中心となる21歳は、次戦で走幅跳に出場することを宣言した。走幅跳や三段跳でも実績を残すマルチプレーヤーは「『二兎を追う者は一兎をも得ず』って言葉をよく言われていたんですが、自分にはそんなことは関係ないと思っています。自分らしく2種目やるならそれをしっかりやって、心から陸上を楽しんでいきたい」と言い切った。もちろん、一番にプライオリティーを置くのは本職であるハードルだが、1つに可能性を絞ることなく、複数の種目に挑む覚悟を見せた。

 史上初という大きな扉を開けるチャンスは、東京からパリへと持ち越しになった。だが、3年後も今回のような進化が続いていけば、決勝の舞台は「悲願」から「通過点」へと変わっているはずだ。

(取材・文:守田力/スポーツナビ)

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