アスリートが心置きなくプレーするために――東京五輪の有観客決定は“スタート”だ

大島和人

“プレーブック”による厳しい感染対策

 五者協議を受けた共同ステートメントはこのような内容だ。<一部を抜粋>

・オリンピック競技大会に関して、日本政府のイベント開催制限を踏まえ、全ての会場において観客数の上限を「収容定員50%以内で1万人」とする(学校連携の児童生徒・引率者についてはその性質に鑑み別途の取り扱いとする)。

・競技実施時間については、現在のスケジュールは維持し、上記に定める観客の入場も認めることを基本とする。

・ただし、7月12日以降、緊急事態宣言またはまん延防止等重点措置が発動された場合の観客の取り扱いについては、無観客も含め当該措置が発動された時の措置内容を踏まえた対応を基本とする。

・なお、感染状況・医療状況について急激な変化が生じた場合には、速やかに五者協議を開催し、対応を検討する。

・安全・安心な状況を確保するため、観客を対象とするガイドラインを作成し、会場内でのマスクの常時着用、大声の禁止、アナウンス等による混雑回避、分散退場等を定めるとともに、行き帰りについて、直行直帰の要請、都道府県をまたがる移動の際の注意点等を提示する。

 観客数の上限は「1万人」と定まったが、大会関係者や学校連携の参加者は別枠になる。大会関係者はIOCや競技団体のメンバー、VIPなどが想定されており、一般客とは動線や着席位置が違う。開会式については合計2万人の枠になるという報道もあったが、組織委の武藤敏郎事務総長は言う。

「精査中なので具体的な数字は言えないけれど、それ(2万人)よりは明らかに少ない数字になる。主催者であって観客ではないという観点から、1万人と別途に考える方針は変わっていない」

 武藤事務総長は学校連携の観戦について述べる。

「次世代に感動を体験してもらう、大会の意義を小中学生に伝えることが大事という発想です。決して動員ではなく教育委員会や学校のご判断で見に行きたいという場合に適用される。その人たちはふるい落とすのでなく、別枠の扱いが妥当ではないかと考えた。引率者がお連れして、入退場で密にならないように時間差で行動していただく。観戦リスクを低減するための対策が取れることも重要な要素です」

医療ひっ迫をさせないことが東京五輪「成功」の必須条件。橋本会長は感染防止対策を徹底するとともに、状況が変われば無観客にすることもあると明言している 【写真は共同】

 懸念されるのが医療への支障だが、橋本会長は説明する。

「海外からの医療スタッフの派遣があり、ワクチンの摂取も進んでいる。極力医療に支障を来さないところまで体制が整ってきたと思っている。ただ状況が変わることは十分に想定できるので、そうなった場合には無観客も含めて早急に対応をしていく」

 新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長ら専門家有志は18日、東京五輪・パラリンピックについて「無観客開催が望ましい」とする提言をしている。これについて橋本会長はこう説明している。

「尾身会長の提言には、会場内での感染拡大を減らすために無観客が望ましいとのご指摘があった。その一方で観客を入れた場合を想定した提言もいただいている。国内外における多くのスポーツイベントが有観客で行われ、しっかりしたエビデンスが示されている。現段階ではしっかりした対応をすれば開催が可能だと判断した。感染を抑えるためのプレーブック、今までの組織委の感染対策については尾身会長から高い評価をいただいた」

 日本国内のワクチン接種状況はこの1カ月で大きな進展を見せており、また今大会の参加者は組織委の“プレーブック”に従ってかなり厳しい感染対策が取られる。プロ野球、Jリーグ、Bリーグは有観客で開催されたが、いわゆるクラスター化には至っていない。現在開催中のサッカー欧州選手権のように、画面越しで見る限りではほぼ“普段通り”の規模や熱気で開催されている大会もある。そのような前提と大会の意義を踏まえつつ、組織委は「50%以下」「最大1万人」の有観客開催を決めた。

 橋本会長は強調する。

「オリンピック・パラリンピックは平和の祭典でもある。世界に約束をしたことをしっかり果たさなければいけないと思っている。全世界が大きな課題に向かって進まなければいけないときに、課題解決の先進国としてコロナ禍での対策をしっかりすることで、次の生活を取り戻せる状況にしていくためにも、東京大会には意義と価値があると確信している」

なお残る反対論 「成功」へ必要なものとは?

内定選手も続々決まる中、選手が心置きなく競技に集中できるようにすることも、今後残された大きな課題である 【写真は共同】

 世界の代表選手にとって、五輪は待ち望んでいた晴れ舞台に違いない。行動にさまざまな制約を受け、日本選手団以外は現場で母国のファンから後押しを得られない環境だが、オリンピアンにとって有観客が“心地いい”ことも明らかだ。

 しかし今回の決定はゴールでなく、安全に大会を終えるための“スタート”だ。特に日本代表選手の目線で考えると、社会の安全・安心なくして“真のアスリートファースト”はない。彼らに心置きなくプレーしてもらう環境づくりは、なお残る大きな課題だ。

 夏冬合わせて7度の五輪を経験している橋本会長は説く。

「アスリートの皆さんも有観客・無観客についてそれぞれに考え方があるでしょうけれど、多くの皆さんにご理解いただいた大会にしてほしいという願いは同じだと思います。大切なのは国民な皆さんに安心の材料を提供していくこと。それができていたとしても国内の感染状況が抑えられない限り、有観客開催は難しい。覚悟しながら準備に取り組んでいかなければいけない」

 過去のどんな五輪・パラリンピックに比べても、東京大会は成功のハードルが高い。成功の最低条件を強いてまとめるなら3つある。選手が滞りなく安全にプレーすること、関係者も含めた全員が無事に帰国すること、そして日本国内の感染動向に悪影響を出さないことだ。IOC、組織委は今回の決定と発言を見る限り「成功」に確信を持っている。

 21日の会見はアスリートの立場から見れば前進で、精神的にも準備の最終スイッチを入れられる内容だったはずだ。もちろん懸念はまだ残り、大会の直前まで一部世論の反発は残るだろう。しかし針路は明確に定まった。次にスポーツ関係者が目指すべきものは、社会がアスリートを心置きなく後押しできる環境の整備だ。必要なものは対策の励行、データの提示、丁寧な説明を通して市民とファンが安心を感じられる状況の実現だ。

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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