松田宣浩、五輪への思い「24番目でいい」 侍ジャパンのムードメーカー買って出る

田尻耕太郎

熱男・松田宣浩は日本代表への想いを誰よりも強く持っている 【Getty Images】

 2013年、17年と2度のWBC。そして15年、19年のプレミア12。侍ジャパンのサードと言えば、ずっと松田宣浩(福岡ソフトバンク)だった。

 他競技に比べて野球というスポーツは、各国の国内プロリーグを中心に大きく発展を遂げた背景があるため、「代表入り」することへの価値観が異なっているように感じることが多い。

 その中にあって松田は誰よりも日本代表をリスペクトし、「日の丸を背負って戦うこと」にこだわり続ける。今年でプロ16年目を迎える“熱男”にインタビューを行い、東京五輪への思いを聞くと、熱い言葉が次々と溢れ出してきた。

「だって国を背負って戦うんですよ」

2019年のプレミア12で10年ぶりの世界一奪還。結束力の勝利であった(中央でトロフィーを掲げているのが松田) 【写真は共同】

――東京五輪開幕まであと半年を切った中で、プロ野球のキャンプインを迎えました。五輪への率直な思いは?

 いろいろな舞台を経験したけど、五輪だけは未経験。どんな舞台なのか、見てみたいですよね。自分が経験したことしか言葉にもできませんから。その意味でも五輪に出てみたいという気持ちは強いです。

――日本代表への思いをずっと強く抱いている松田選手ですが、それはなぜですか?

 日の丸を背負って戦う、特別なものを感じたんです。最初に日本代表に選ばれたのは亜細亜大学1年生の時の大学日本代表でしたけど、その時も特別な感情になりました。誰もが味わえるものではないからリスペクトをするのは当然。だって国を背負って戦うんですよ。なかなかできない経験です。今のプロ野球の若い選手たちも、心の中では侍ジャパンへのあこがれを持っているかもしれないけど、もっともっと口に出してほしいです。

――国際大会の魅力とは?

 自分が思っているよりもうまくいかないことじゃないですか? 練習もして研究もして臨むんですけど、イメージとは必ず違うものが出てくるんです。普段と違って一度きりの対戦なので、データよりも自分の感覚の方が大事になることもある。難しさはありますが、だからこそ自分自身も磨かれるし、魅力があると思っています。

――現・侍ジャパン監督の稲葉篤紀監督の印象は?

 稲葉監督も日本代表をすごくリスペクトされている方だと思います。また、侍ジャパンの中では僕としてもいろいろなシーンでご縁がある。13年のWBCでは稲葉さんが8番を打って、僕が9番だった。15年のプレミア12は打撃コーチとしてバッティングを見てもらった。そして監督に。だから稲葉さんを男にしたい。19年のプレミア12もその思いで戦い、世界一になれたのは本当に嬉しかったです。

――そのプレミア12での世界一は、侍ジャパンにとって第2回WBC以来、10年ぶりとなる世界の頂点でした。そこで勝ちきった意義とは?

 僕や(坂本)勇人(巨人)、中田翔(北海道日本ハム)とかの世代が世界の頂点になかなか届くことができなかったし、国際大会の決勝戦の景色を見ることも叶わないベスト4止まりだった。19年のプレミア12で世界一を経験できたのは本当に良かった。何事も経験しないと気付かないことがある。だからたくさんの若い選手たちに侍ジャパンのユニホームを着てほしいんです。

――また、ホークス同様に侍ジャパンでもムードメーカーを買って出ています。

 個人の能力勝負だけで勝てるものではないんです、野球は。侍ジャパンだってその時々の旬な選手が集まって戦っているんです。それでも10年間勝てなかった。そこに僕は気付いたんです。野球選手は僕だけじゃなくてみんな声は出しています。だけど、寄せ集めの代表チームでは、なかなか自チームと同じようにできていなかった。これは良くないと感じて、雰囲気づくりを重要視するようになりました。

――プレミア12での侍ジャパンは結束力の勝利でもありました。

 みんな声を出していましたよ。勇人なんかも、きれいに野球をやろうとしているように見えるかもしれないけど、すごく元気を出してくれた。僕も助かりました。チームのみんなが「日本代表なのにこんなに声を出さなきゃいけないのか、めんどくさいな」と思われたらそれまでだったと思うけど、逆にみんなが僕の気持ちを分かってくれた。それで優勝できたのでなおさら嬉しかった。

「日本代表の旗手をしたいです!」

東京五輪の代表入りについて、「ギリギリの立場というのは僕が分かっています」と話しつつ、「日本代表の旗手をしたいです!」と意気込みを語る 【写真提供:アスリート・マーケティング】

――数年前には「打順はともかく、ジャパンのサードは譲らない」と意気込んでいました。その気持ちは変わらないですか?

 いやー、24番目でいい(笑)。最後の1人でいいです(※編注:東京五輪・野球競技の選手登録は24名)。ギリギリの立場というのは僕が分かっていますから。

――逆に言えば、三塁手不足と言われた日本球界の状況も変わりつつある?

 そうですよ。巨人の岡本(和真)とか、東京ヤクルトの村上(宗隆)くんとかが頑張っていますしね。数字はもちろん、長距離を打てるのがいい。魅力ある選手はいっぱいいますよ。強いて言うならば、僕は日本代表の旗手をしたいです!

――開会式の?

 そう。ずっと言っています。

――なるほど(笑)。では、東京五輪への意気込みを。

 まず、メンバーに選ばれるためには、2021年のシーズンが大事になります。代表発表が行われるまでは可能性があるわけですから、自分は選ばれるんだという気持ちで頑張っていきたいです。そして、昨シーズンは悔しい成績だったので「去年の成績は嘘だったんだ」と思ってもらえるように頑張りたい。そうすれば24番目の椅子に僕が選ばれると思っています。

――金メダルを獲れば野球界にとっても大いにプラスになりますね。

 もちろんそうです。野球人口の増加や野球の発展を、僕らプロ野球選手は常に願っています。野球の魅力を伝えたい。そのためにはやはり、日本代表が勝たなければ伝えることはできない。その気持ちをもって戦っていきたいです。

――自国開催の五輪ですしね。

 一生に一度あるかないか。熱男もやりたいね。WBCでの熱男もすごく印象に残っています。東京ドームがすごい歓声に包まれたのははっきりと憶えています。東京五輪でも熱男をして、日本中を元気にしたいです。
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著者プロフィール

田尻耕太郎

 1978年8月18日生まれ。熊本県出身。法政大学在学時に「スポーツ法政新聞」に所属しマスコミの世界を志す。2002年卒業と同時に、オフィシャル球団誌『月刊ホークス』の編集記者に。2004年8月独立。その後もホークスを中心に九州・福岡を拠点に活動し、『週刊ベースボール』(ベースボールマガジン社)『週刊現代』(講談社)『スポルティーバ』(集英社)などのメディア媒体に寄稿するほか、福岡ソフトバンクホークス・オフィシャルメディアともライター契約している。2011年に川崎宗則選手のホークス時代の軌跡をつづった『チェ スト〜Kawasaki Style Best』を出版。また、毎年1月には多くのプロ野球選手、ソフトボールの上野由岐子投手、格闘家、ゴルファーらが参加する自主トレのサポートをライフワークで行っている。

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