新スタジアムで描く夢とJ2昇格の可能性 岡田武史、14年ぶりにJの舞台へ<後編>

宇都宮徹壱

新スタジアムに込められた「人間性を取り戻す」ストーリー

現在使用している夢スタの様子。新スタジアムはどんなものになるのか? 【宇都宮徹壱】

──次に新スタジアムについて伺いたいと思います。「里山スタジアム」というネーミングは、岡田さんが発案されたそうですね。どういう発想から生まれたのでしょうか?

 発想の根底にあったのは「何もないところに40億円の投資をしてもらうにはストーリーが必要」ということです。人口が16万人まで減ってきている今治は、普通に考えたら絶対に投資対象にはならないですよ。でも、何もない砂漠からラスベガスが生まれたように、今治についても尖った企業が投資するとなったら、「乗り遅れるな!」ということで他の企業も乗り込んでくるだろうと。そのためには1本の柱となるようなストーリーを考えないといけないわけです。

 そこで僕が考えたキーワードは「人間性を取り戻す」。これからの時代、AIやIOTがどんどん発達していくと、それらに判断を委ねたほうが快適な生活ができるようになっていく。ただし人間の幸せは、快適さだけではない。困難を乗り越えるとか、人と人との絆が生まれた時に感じる幸せというものもある。それはAIではなく、スポーツや文化によってもたらされるものであり、それを与える場所が今治にある、というストーリーですね。

──それが、岡田さんが提唱する「Bari Healing Village」ですね。では「里山」というのは?

 これはスタジアムに限った話ではないんだけど、コンクリートの建築物というのは出来上がった瞬間からすぐに朽ちていくんですね。そうでなく、スタジアムにどんどん人が集まって、365日いつでも人が訪れることで、里山みたいな人々の拠り所になっていくのではないか。僕がイメージしたのは、滋賀の近江八幡にある『たねや』という有名な和菓子屋さん。そこが『ラ・コリーナ』という工場兼里山のような施設を作っているんです。それを見て「これだ!」と思いましたね。

──今、ホームページで確認していますが、山や田んぼに囲まれた環境の中に、バームクーヘンを作る工場があるんですね。

 そういう立地なのに、年間300万人というお客さんがやってくるんですよね。僕はこういう、里山のような癒やしを与えるスタジアムを作りたい。それを中心として投資が集まって、さまざまな面白い施設ができてくれば、おそらく四国中から人が集まるようになって交流人口が生まれる。やがて「今治でビジネスを始めよう」と考えて、今度は定着人口が増えていくかもしれない。そうやって上手く回っていかないかなって考えています。

──実現したら素晴らしいですけど、問題はアクセスですよね。

 そう、インターチェンジから1本道で来られるんだけど、1車線しかないので大渋滞になることが予想されるんですよね。そこがネックになっていて、どうすればいいのかなということを、今はいろいろと考えています。

「できるだけ早くJ2に行きたい」理由と昇格の可能性

J3初挑戦となるが目標はJ2昇格。今治ができるだけ早くJ2に行きたい理由とは? 【宇都宮徹壱】

──最後に、いよいよ始まるJ3での戦いについて伺いたいと思います。とりあえず降格がないリーグですが、成績面を特に気にせずにチームの方向性を確立させるシーズンにするのか、それとも貪欲にさらに上のカテゴリーを目指す1年にするのか。

 できるだけ早くJ2に行きたい、というのが正直なところです。JFLにしろJ3にしろ、全国リーグではあっても収入が少ないので、長く居すぎると金属疲労を起こしてしまうんですよ。今季もし昇格できたとして、スタジアムは間に合わないけれど、建設するという確約ができて、なおかつ照明設備を整えれば認められるんでしょう? 照明にどれくらいかかるか見積もったら、1億2000万円くらいでできると。だったら、J2に上がったときにJリーグから入ってくるお金をそこに充てればいいと考えています。

──なるほど。先ほどのお話ですと、戦力的には去年とそれほど変わらないようですが、その陣容で上を目指すことは可能だとお考えでしょうか?

 うん、2つのポジションだけテコ入れすれば、十分に上位を狙える戦力だと思っています。それにJ3ができた時って、JFLから自動的に上がってきたクラブも多いから、実力的にはJFLとそんな変わらないとも思っています。もちろん、簡単なことではないですよ。上位にいるクラブは、それなりに戦力もそろっているし予算もある。それでも、われわれにも可能性は十分にあると考えています。

──ちなみに今季の今治の予算はどれくらいでしょうか?

 約9億円です。昨年よりも2億くらい上がりましたね。デロイトトーマツさんは、胸スポンサーでこそなくなりましたが今後もソーシャルインパクトパートナーとして観戦体験向上プロジェクトやデジタルマーケティングなどわれわれのさまざまな取り組みに力を貸していただけると思うので、ありがたく思っています。これは直感なんですけど、スポンサーの問題や監督の問題を乗り越えて、これからどんどん上手く回っていきそうな予感はあります。だからこそ、目先の数字にとらわれるのではなく、しっかり質を上げていく必要があると思っています。

──質を上げていくというのは、具体的にどういった面でしょうか?

 まずは事業収入を安定させること。そして会社は人材が第一なので、社員に対するメンテナンスやマネジメントも、もう少ししっかりやっていく必要があると感じています。いつまでも「やりがい搾取」ではいけない(笑)。伊那食品の塚越寛さんが「年輪経営」ということを言われるんだけど、樹木の成長が大きい時ほど年輪の幅は広くて色は薄いし弱い。逆に厳しい環境で成長が小さい樹木は、年輪はくっきりとした色で硬いんです。ウチはこれまでいろんなことに手を出して成長してきたけれど、今年は濃い色の年輪を作る1年にしたいと思っています。

<この稿、了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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