Jリーグを変えるデジタルマーケティング 「toC戦略」のキーマンに聞く
プラットフォームという武器をどう活用するのか?
顧客からファンへ。濱本氏は観戦体験を向上させ、「3回目の壁」を超えることの重要性を説く 【(C)J.LEAGUE】
「あの当時、立ち上がったばかりのBリーグの方が、デジタルとかアプリで先行しているというイメージがあったと思うんですよ。でも実際に来てみると、実は立派なプラットフォームがすでにできていたんですよね。つまり武器は持っていたわけで、それをどう活用するのか、というフェーズに入っていたんです」
もっとも、実際にその武器を使うのはJリーグではなく、各クラブのチケッティングやECの担当者。彼らが使いこなせないようでは、プラットフォームは宝の持ち腐れである。そこで濱本氏がJリーグに出向してくる半年前から、笹田氏が主導する形で各クラブの担当者を集めての研修会が行われた。その理由について笹田氏は「実はこれ、NBAでもやっていたことなんです」と明かした上で、こう続ける。
「これまではリーグとクラブ、あるいはクラブ間でのコミュニケーションが不足していたと思うんですよ。クラブスタッフの場合、マルチタスクで孤立しがちな側面もある。ですから安心感や仲間づくりという意味でも、まずは一緒の場に集まってもらって、ちょっとウェットですが懇親会もやっています。そうやって信頼関係ができたところで、初めて専門家である濱本を登場させました。今後はわれわれのノウハウを他の領域にも横展開していくことも考えています」
かくして、信頼関係が醸成されたところで濱本氏の登場となったわけだが、ここで「55クラブ(当時の)のスキルの差が大きすぎる」という新たな課題にぶつかる。そこでレベル別に「ビギナー」「ベーシック」「アドバンス」に分けての指導が行われることになった。一見するとグッドアイデアだが、その分、濱本氏の負担が増えたことは言うまでもない。そこで新たな助っ人として迎えられたのが、デロイト トーマツの森松氏であった。
「2030年にはJ1リーグのすべての試合を満員にする」
30年に目標達成なるか。デジタルマーケティングを駆使した「toC戦略」に今後も注目したい 【宇都宮徹壱】
Jリーグでは昨年からCX管理ツールを導入。観戦者の満足度、不満ポイントなどを可視化し、観戦価値向上に役立てる 【(C)J.LEAGUE】
それにしても、なぜ濱本氏は「自分でチケットを買って、3回以上来場していたらファン」と定義したのだろうか。そろそろご本人に種明かしをしてもらうことにしよう。
「昨年のJリーグは、のべ1,100万人もの入場者数を記録しました。以前であれば、『どんなお客さんが来ているのか?』分からなかったのですが、今はJリーグIDから顧客の可視化が可能になりました。そこから見えてくるのは、初めてJリーグを観戦した人のうち3回目の壁を超えると、リピーターになってくれる確率が高まるということなんですね。僕が『3回以上来場していたらファン』と定義したのは、そういう根拠からなんです」
Jリーグが掲げている「2030年ビジョン」では、集客面に関して「2030年にはJ1リーグのすべての試合を満員にする」という明確な目標がある。デジタルマーケティングを駆使した「toC戦略」は、その遠大な目標達成のための重要な切り札だ(濱本氏によれば、リーグとクラブが一体になってデジタルに取り組んでいるのは「世界的に見ても珍しい」そうだ)。残念ながらJリーグは「中断」に入ってしまったが、いずれスタジアムに歓声が戻ってくることだろう。そしてそれは、Jリーグの「toC戦略」が、本格的に再開される瞬間でもある。