来シーズンを「勝負の年」と語る大迫勇也
チームでも代表でも、「得点」にこだわる
大迫は来る2019-20シーズンを「勝負の年」と表現する
大迫は来る2019-20シーズンを「勝負の年」と表現する【スポーツナビ】

 2018年ワールドカップ(W杯)ロシア大会、初戦のコロンビア戦の決勝弾に象徴される通り、大迫勇也は日本代表ベスト16入りの原動力となった。あれから1年が経過し、長谷部誠ら30代のベテランが退いた現代表では「絶対的1トップ」に君臨。森保一監督からも不可欠な存在と位置付けられている。


 しかし、今シーズンは必ずしも順風満帆とは言い切れない状況だった。新天地のヴェルダー・ブレーメンでは序盤こそコンスタントに出場していたが、1月のアジアカップでの負傷が響き、後半戦は2カ月間の欠場を強いられた。4月以降は復帰したものの、18-19シーズンはブンデスリーガで21試合出場3得点。本人の中では物足りない数字だったことだろう。新生日本代表の方も、目指していたアジア王者奪還がかなわず、大いなる悔しさを味わった。


 だからこそ、ここから先が重要になってくる。5月で29歳になった彼にとって、20代ラストとなる19-20シーズンは「勝負の年」。リーグ2ケタ得点を目指すつもりだ。9月から22年W杯カタール大会のアジア予選がスタートする代表でも「肝心なところで勝負を決められる存在」になるべく、自己研鑽(けんさん)を続けていくという。(取材日:6月12日)

コンディション維持が難しかった今シーズン

ドイツで5シーズン以上を過ごしている大迫。ドイツ語でのコミュニケーションも問題ないと言う
ドイツで5シーズン以上を過ごしている大迫。ドイツ語でのコミュニケーションも問題ないと言う【写真:アフロ】

――最初に新天地・ブレーメンでの18-19シーズンを振り返っていただけますか?


 チームのキャンプに1回も参加できなかったのが、自分の中では大きかったですね。夏はW杯があって合流が遅れ、チームを作っている途中で入らなければいけなかったし、冬もアジアカップで合宿に行けなかった。


(フロリアン・コーフェルト)監督からは「そろそろキャンプに参加してほしい」とずっと言われていましたね(苦笑)。代表の大きな国際大会が夏と冬に2回あって、コンディション維持が難しい1年でした。


――それでも序盤はいいすべり出しを見せ、第13節のバイエルン・ミュンヘン戦でも得点しました。


 バイエルンとの試合で点を取るというのはドイツの中でも格別なこと。他のチームに対して取るのとは違うので、そこは素直にうれしかったですね。


――香川真司選手がバイエルン戦になると先発から外されるケースが何度かありました。それだけ守備的な戦い方を選択するチームが多いということですよね。


 そうですね。バイエルン相手だと守備優先になるチームがほとんどですけれど、ウチの監督はブレずに自分たちのできることをやる人なので、そこは自分のプレースタイルにも合っています。


 監督には「真ん中で使ってくれ」と話しました。ドイツに行って5年以上経っているので、言いたいことは言えるようになっていますし、ドイツ語でコミュニケーションが取れるようになったのも大きいと思います。

「代表を引っ張っている」という自覚はある

日本代表について「いろいろなものを懸けて戦う価値がある」と大迫は語る
日本代表について「いろいろなものを懸けて戦う価値がある」と大迫は語る【写真:田村翔/アフロスポーツ】

――後半戦は臀部のけがの影響で、2カ月超の負傷離脱を強いられました。


 アジアカップの時点で「1、2カ月はできないだろうな」という感覚がありました。自分の中で「この痛みは簡単に取れないだろうな」と。


――アジアカップの直前合宿合流時には「そんなに深刻なものではない」と言っていましたけれど……。


 昨年末の時点では右(臀部痛)でしたが、初戦のトルクメニスタン戦に出て、左(臀部)を痛めてしまいました。右という情報が多く出ていたと思いますが、本当はずっと左が痛かったんです。


――準々決勝・ベトナム戦の後半途中から復帰して、準決勝・イラン戦と決勝・カタール戦に先発しましたが、それも「けがを押しての強行出場」だったんですね。


 たくさん欠場してチームに迷惑をかけていたし、試合を外から見るのは精神的にも大変だったので。試合には出ていた方がやっぱり楽です。出る・出ないの最終判断はあくまで自分だと思っています。だから、けがが長引くのも仕方ないと割り切ったし、ブレーメンの監督にもそう伝えました。


――それだけ「優勝」に懸けていたと。


 もちろん。でも結果が出なくて本当に残念でした。そんなに甘くないってことなんでしょうね、サッカーは(苦笑)。


――大迫選手の代表への思いや責任感の強さを痛感させられるエピソードですね。


 自分ももう29歳ですからね。ここ2、3年は「代表を引っ張っている」という自覚もあります。日本で代表の試合に出られるのは(スタメンの)11人しかいないし、FWはその中でたった1人だけ。そう考えたら、全力でいろいろなものを懸けて戦う価値があると思います。

元川悦子
元川悦子

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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