湘南ベルマーレ・秋元陽太、母と2人で…忘れられないフランスW杯の刺激

原田大輔

“本物”を見て表情が変わった瞬間

母と2人だけで見に行ったフランスW杯で、秋元はGKの魅力に引き込まれたと語ってくれた 【佐野美樹】

 転機があったのは、子どもの脳が大きく活性するという10歳、秋元が小学5年生のときだった。規子さんが続ける。

「ちょうど、そのころ、私は入院していて、陽太はサッカーの練習が休みの月曜日になると、毎週のようにお見舞いに来てくれていたんですよね。それもうれしくて、そろそろ退院できるかなと思ったときに、『どこか行きたいところはある? 何か欲しいものはある?』って陽太に聞いたんです。そうしたら、たまたま陽太が書いていた日記から『フランスワールドカップ(W杯)』の文字が飛び込んできたんです。それで私は、『よし、これだ!』と思って、陽太に『一緒にW杯を見に行こう』って言った。確かに私は、陽太を心配して、GKをやることには反対していましたけど、コーチはGKが向いていると言う。

 先ほど話した児童心理について勉強していく中で、自分で決めたことが、その子の人生を築いていくという趣旨を知りました。親が決めてしまえば、挫折をしたときに乗り越えられないし、本人が後悔するとも書いてあった。だから、“本物”を見せたうえで、自分自身でどっちを選ぶか決めさせればいいと思ったんです」

 退院した規子さんは、秋元とふたりでフランス旅行を決行した。今でこそ気軽に海外旅行を楽しめる環境になったが、時代は20年も前の話である。ましてやW杯期間中ともなれば、旅費は馬鹿にならなかっただろう。秋元が言う。

「母は子どもの夢に対して、すごく協力的でした。いろいろなことに対して、『常に自分の肌で感じなさい』ということも言ってくれていた。だから、フランスW杯にも連れて行ってくれたんだと思うんです。自分も親になった今、考えてみても、本当にすごいことだなって感じますよね」

 フランスでは、マルセイユで行われたブラジル対ノルウェーと、リヨンで開催されたフランス対デンマークの2試合を見た。

「実はブラジル対ノルウェーの試合は1人で見たんですよね。チケットが1枚しかなかったから、母はスタジアムの外で待っていて。『試合が終わったら、ここに戻ってきなさい』なんて言われて(笑)。フランス対デンマークは、フランスのGKが(ファビアン・)バルテズ、デンマークのGKが(ピーター・)シュマイケル。特にシュマイケルが好きだったので、生で彼のプレーを見られたのはうれしかった。ホント、すごい楽しくて。今でもはっきりと記憶に残っているくらいです」

 親子で一緒に試合を見た、そのフランス対デンマーク戦で、規子さんは思ったという。

「陽太にとっては衝撃だったんだと思います。そのシュマイケルのプレーが。試合中にどんどん表情が変わっていくのが分かりましたから。それで私も諦めましたよね。だって、“本物”を見せて、陽太は決めたんだから。FWとかMFにもすごい選手はたくさんいたはずなんですよ。でも、陽太はやっぱり、GKに注目していた。だから、私も、あのフランスで諦めたんです」

自分で決めてやめるのであればいい

GKとしてプレーしていくことを決めた秋元だが、思春期にはサッカーをやめたくなったことも…… 【佐野美樹】

 フランスで脳が大きく刺激された秋元は、日本に帰ってくると、GKというポジションに、より熱中するようになっていった。規子さんは「おじいちゃんに買ってもらったGKグローブを、いつも家ではめては喜んでいましたね。しかも、『全自動洗濯機を買ってくれ』って言い出して(笑)。ユニホームやグローブも自分で洗濯して、スパイクまで毎日磨いていたんですよ」と、教えてくれた。秋元も言う。

「おじいちゃんにお願いして、初めて買ってもらったGKグローブは松永成立さんモデルでした。ちょっと高価なものだったんですよね。憧れていた選手は川口能活さん。だから、横浜F・マリノスが好きで、マリノスでプロになりたいというのはずっと思っていました。でも、同時にレベルは高かったので厳しいかなとも思っていましたけど」

 中学生になった秋元は、憧れのGK2人が活躍した横浜FMのジュニアユースに加入した。

「ひとつ上の先輩には、今もプロでプレーしている選手が2人もいて、そうした中、自分自身の身長が伸び悩んだりして。県選抜にも入れず、中学2年生になったときには、ちょっと(プロになるのは)厳しいかなって思っていたんですよね」

 ちょうど、彼自身も思春期を迎えていた。

「だから、僕、『サッカーをやめたい』って(母親に)言いましたもん」

 ただ、ここでも規子さんは明るい。

「確かに中学2年生のときに、そんなことを言い出しましたね。でも、このままサッカーを続けていったら、プロの世界に進むんだろうなとも、何となく感じていたんですよね。だから、やめるのであれば、早いほうがいいかなって(笑)。まあ、生きていれば、いろいろなことがあるじゃないですか。いろいろなことが起こる。だから、要するに『自分自身で決めなさい』ということなんですよ。自分で決めて、やめるというのであれば、それでもいい。逆に、この時期に分かるのは、いいことなのかなって思ったりもしたんですよね」

(企画構成:SCエディトリアル)

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【佐野美樹】

秋元陽太(あきもと・ようた)
1987年7月11日生まれ。東京都出身。湘南ベルマーレ所属。GK/背番号1。182センチ/85キロ。CYDフットボールクラブでサッカーを始め、GKに。ジュニアユースから横浜F・マリノスの育成組織でプレーし、2006年にトップチームへと昇格した。6年間在籍した横浜FMでは、出場機会に恵まれなかったが、12年に愛媛FCに移籍すると、正GKとして全試合に出場。14年に湘南ベルマーレに加入し、J1昇格に貢献。16年はFC東京でプレーしたが、17年に再び湘南に復帰すると、守護神として、精神的支柱としてチームを支えている。

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5月31日(金)19:00キックオフ 湘南ベルマーレvs.横浜F・マリノス

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著者プロフィール

1977年、東京都生まれ。『ワールドサッカーグラフィック』の編集長を務めた後、2008年に独立。編集プロダクション「SCエディトリアル」を立ち上げ、書籍・雑誌の編集・執筆を行っている。ぴあ刊行の『FOOTBALL PEOPLE』シリーズやTAC出版刊行の『ワールドカップ観戦ガイド完全版』などを監修。Jリーグの取材も精力的に行っており、各クラブのオフィシャルメディアをはじめ、さまざまな媒体に記事を寄稿している。

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