明かされた本田圭佑監督のフィロソフィー カンボジアの歴史を変え、東京五輪出場へ

木崎伸也

ルールを打ち破るやつを待っている――

カンボジアのサッカーをよく研究してくる相手に、本田監督はどのような戦い方を選手に求めているのか 【写真:ロイター/アフロ】

 対戦相手はカンボジアのサッカーをよく研究しており、こちらのGKやセンターバックに激しくプレスをかけてくるようになった。そうなるとパスをつなぐのは簡単ではなくなる。

 スペインでは、「緊急避難のパス」と名付けて、相手陣内のサイドライン際を目掛けてクリアをする、という約束事をつくる監督もいる。

「相手のDFラインの裏を狙って、長いパスを出してもいいのでは?」そう質問すると、本田は首を横に振った。

「カンボジアでやってきた中での感想で言えば、少なくとも現時点ではその考え方には反対で。まだ、カンボジアはそのステージに進んでいない。たとえば俺が今、日本代表の監督をやったとしても、徹底的に俺はビルドアップのところしか言うつもりはなくて。誤解したらあかんのは、俺は裏を狙ったやつに対して怒ったことは1度もないから。ただ、ビビって蹴るようなことに関してはカンボジアレベルではたくさん起こるんでね」

――ビビって蹴るのと、狙って蹴るのとでは違うと。

「別にクリアに関しても、俺は否定的なタイプじゃない。ただ、日本代表でセンターバックの選手がクリアしたとしたら、俺が聞きたいのは『前の状況が見えていてクリアしたのか』『見えていなくてクリアしたのか』ってこと。

 見えてなくてクリアした場合は、逃げなんですよ。ビビっているんですよ。プレッシャーを感じて、努力を怠っているんですよ。これは成長を妨げる行為なんです。日本代表のレベルでもそれはあって、実際、僕みたいなレベルだってやるんですよ。チャンピオンズリーグやW杯のようなミスが怖い舞台になればね。これは努力で、練習で解決できる。

 一方、前の状況が見えていてクリアするのはありなんですよね。たとえば『味方のボランチに出したらそいつがミスるかもしれないから、あのときはクリアの判断をしました』って瞬時に答えられるような場合は。

 でも、そんなことを考えられるレベルにカンボジアはない。今はつなぐ際のサポートの位置の方が重要なので。だっておかしなところにポジションを取っているから。

 相手に目を向けるのは、自分たちのやるべきことができるようになってから。まずはパスをもらうためのポジショニングに集中したい。それに挑戦して、やっぱりハメられたら難しいなと感じたら、そのときに考えようというくらいのスタンスですよ。

 百歩譲って、この質問にうまく答えるなら、つなげと言っていても、うまいやつは裏を自分で取るから。(アンドレス・)イニエスタとかチャビにつなげと指示しても、裏が見えるやつは、勝手に蹴るから。

 だからある意味、バケモンが勝手に出てくるための指導をやっている、とも言える。打ち破るやつを待っている。誰かが勝手にやりよったで、みたいなのが出てきたらうれしい。

 少なくとも彼らが何かをやって怒ったことはないから。彼らが何かをやることに対して恐れている、ということはないはずなんですよ」

――本田監督は見た目が怖いから、選手がビビっているかもしれませんよ?

「よう言うわ(笑)。見た目がこんな金髪でさわやかなやつは、おらんでホンマに。まあ、話を戻すと『勝手に狙ってよ』くらいのスタンス。もし選手から『こうやって狙ったらダメなんですか?』と直接聞かれるようなことがあれば、もちろん狙っていいよということは言おうと思っています」

 ルールを打ち破るやつを待っている――。まさにこの一言に本田監督の哲学が集約されているだろう。あくまでルールはただの優先順位であり、それに束縛される必要はないということだ。勝手に破るやつが出てきて欲しいから、「蹴ったらダメ」という雰囲気を醸し出しているだけなのである。

自信をつけた選手たちのもとに本田が合流

AFF U−22選手権で自信をつけた選手たちの元に、いよいよ本田監督が合流した 【写真:FFC】

 この他には「2列目からの飛び出しに誰がついていくか」、「守備のときにどう中間ポジションをとるか」、「相手のプレスのいなし方」といったことに関して、計6時間のミーティングを行った。

 スタッフも縛られている場合ではない。

 2月、カンボジアは第1回AFF(東南アジア)U−22選手権に開催国として出場した。国際Aマッチデーではないため、本田監督は来られない。そこで用意したのが、マンチェスター・シティのGKエデルソン・モラレスがFWセルヒオ・アグエロに一発のゴールキックでアシストするシーンだ。

 カンボジアはAFF U−22選手権で、臨機応変に長いボールで裏を狙い、のびのびとプレーし、初戦でマレーシアに1−0で競り勝った。これで勢いに乗って第2戦でミャンマーに2−0に勝利し、グループステージの1位通過を決めた。

「カンボジアにとって、史上初めてのことです。君たちが歴史を変えた。これからのカンボジアサッカーの未来を築いていってください」

 試合後、カンボジアサッカー協会のサオ・ソカ会長がピッチまで降りてきて選手たちを激励した。カンボジアは22歳以上の東南アジアの大会でグループステージを突破したことがないそうで、まるで優勝したような盛り上がりだ。少し大げさな気もしたが、それだけ勝った経験がないということなのだろう。

 カンボジアは準決勝でタイと対戦し、0−0のまま延長戦でも決着がつかず、PK戦の末に敗れた(カンボジアが1人失敗)。接戦だったことから、カンボジアの人たちの心を打ち、試合後には会長だけでなくフン・セン首相の息子がピッチに降りてきて選手たちに賛辞を送った。

 そして今回のAFC U−23選手権予選、そうやって自信をつけた選手たちのもとに、本田監督が合流する。

 カンボジアとオーストラリアや韓国との間には個人の力の差があり、難しい試合になることが予想されるが、本田は勝つことしか考えていない。

 3月19日、本田はメルボルンから約11時間かけてプノンペンに到着し、ホテルに向かい車内でこうつぶやいた。

「イタリアで散々、戦術のやり合いをやってきましたからね。まあ見といてください」

 カンボジアは3月22日にオーストラリア、24日に韓国、26日にチャイニーズ・タイペイと対戦する。カンボジアサッカーの未来にとって、重要な一戦になる。

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始。

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