2017年 DAZN元年への道 <後編> シリーズ 証言でつづる「Jリーグ25周年」

宇都宮徹壱

「何度もディールブレークになりかけました」

日本の特徴である細かいパス回しを撮影するために、「寄り気味の映像のほうが魅力的に映る」とDAZNは村井チェアマンに提案したという 【写真:田村翔/アフロスポーツ】

「都内のホテルの一室に案内されて、そこで彼らが動画によるプレゼンテーションを始めました。その内容に、私は震えるくらい感動したんですね。OTTサービスの素晴らしさも、その時に理解できました。これまでなら試合結果を情報遮断して、帰宅してから録画を見ていたわけです。それが電車の中でもスマホでリアルタイムに視聴できて、小さくガッツポーズすることもできる(笑)。この映像を作った人たちは『今、見たい!』というサッカーファンの心情をよく理解しているなと、その時は非常に感心しましたね」

 入札の際のパフォーム側のプレゼンを村井は鮮明に覚えていた。よほど気に入ったのか、その動画は今も村井のPCの中に収められている。実際に見せてもらったが「サッカーはビューティフルだ」というナレーションが繰り返される映像は、確かに極めてクールなものに感じられた。その中で村井が着目したのが、ピッチ上での細かいパス回しのシーンが多用されていたことである。

「パフォームの担当者から『日本のこうした細かい技術は世界屈指のものだから、こうした寄り気味の映像のほうが魅力的に映るんです』と言われてはっとしましたね。『あ、海外の人たちはこうやってJリーグを見ているんだ』と気付かされたわけです。そして『Jリーグが今後さらに成長するためには、世界をよく知っている人たちと組むことが一番ではないか』と。それまで『やっぱりテレビのほうがいいんじゃないか』とかモヤモヤと考えていたものが、あの映像を見せられて『そうだ、これだ!』と思いましたね」

 結果としてパフォーム・グループは、村井のハートを射止めることに成功した。だが、ここからJリーグは思わぬ苦労を強いられる。日本の窓口になっているパフォームの担当者はいたが、提案するたびに「ロンドンに確認する」と言われ、朝まで回答を待つというやりとりが続く。その後も詰めの交渉は続き、発表直前の7月4日には村井がロンドンに乗り込んで直談判していた。

「実はリリースするまでの間に、何度もディールブレーク(取引失敗)になりかけました。相手は外資ですから、補償問題とかリーガルのプロテクトとか、映像の著作権についても最後まで決まらなかった。はっきり言って、パフォーム以外になる可能性は最後までありましたね。金額的にも質的にも、海外の企業からこれだけの投資を呼び込むというのは、日本のどのスポーツ団体も経験がなかったわけです。ですから本当にタフな交渉でした。ようやく(7月)19日の理事会で決まって、20日にリリース。その間に報道もありましたが、2100億円の金額は最後まで漏れることはありませんでしたね(笑)」

「常にイノベーションを繰り返していく組織」

Jリーグと10年にわたる長期契約を結んだDAZN。契約更新となる26年以降、Jリーグを取り巻く状況はどうなっているのだろうか 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

《Jリーグと、Perform Group(※)が提供するスポーツのライブストリーミングサービス「DAZN(ダ・ゾーン)」は、下記のとおり2017年より10年間、約2100億円の放映権契約を締結いたしました。》

 7月20日の正式リリースを前に、村井はスカパー!の小牧次郎の携帯に直接電話して、ぎりぎりまで結論を引っ張ったことを侘びた上で、10年にわたる恩義に心からの謝意を述べた。その時の心情について、小牧はこのように述懐する。

「われわれがJリーグの中継を続けてきたのは、魂の部分で一緒にやってきたところが大きかったつもりでした。ですから、その意味で非常に残念でした。ただ、われわれだってかつてはWOWOWさんからセリエAやCLを持ってきて『サッカーのスカパー!』になったわけです。スポーツの権利ビジネスの一般論としては、世界中で行われていることだと言わざるを得ないかもしれません」

 一方、Jリーグと10年にわたる長期契約を結んだパフォーム・グループとDAZNもまた、契約更新となる2026年以降も自分たちがすんなり選ばれるとは考えていない様子。まだ見ぬコンペティター(競合)の脅威について、平田は神妙な面持ちで語る。

「具体的に言えば、フェイスブックとかYouTubeとか、それこそアップルとかグーグルとか、そういったところがスポーツコンテンツの放映権を獲得する時代が、すぐそこまで来ていると思います。26年になると、どこの企業が自分たちのコンペティターとなっているか分からない状況になっているでしょう。われわれが16年のスカパー!さんのような状況になっている可能性は、十分にあり得る話ですよね」

 26年といえば、今から7年後。東京五輪も大阪関西万博も終わったこの頃、Jリーグを取り巻く状況がどうなっているのか、想像することは難しい。しかし村井は、無事にDAZN元年を迎えられた経験が、今後のJリーグの発展に必ず寄与すると考えている。

「これからさらに激しい変化が、Jリーグを取り巻く環境の中でも起こるでしょう。その時に『あの時のチャレンジを考えれば、きっと乗り越えられるんじゃないか』と思うでしょうね。それに、われわれが世界のトップリーグに伍していくためには、まだまだ伸びていく必要があります。2015年の明治安田生命のJリーグタイトルパートナーに続いて、『常にイノベーションを繰り返していく組織』としてのJリーグのDNAに、クサビを打ち込んだのが2017年のDAZN元年だったと考えています」

 DAZNによる中継がスタートして3年目の19年、Jリーグは27年目の新しいシーズンを迎えた。これからさらなる歴史を積み重ねる中、「Jリーグ25周年」を当事者たちの証言で振り返る当連載を終えることにしたい。足掛け3年にわたってお付き合いいただき、ありがとうございました。

<この稿、了。文中敬称略>

※スポーツ・チャンネル「DAZN(ダゾーン)」を展開するPerform Groupは、組織変更に伴い2019年よりDAZN Groupに名称を変更しています。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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