ソフトボールと共に生きていく川畑瞳 地元・鹿児島の期待を力に、躍進目指す

市川忍

胸に響いたレジェンドの言葉

実戦経験以外にも、一流選手の練習方法や姿勢に触れ、自らの向上にもつなげたいと話す(写真右が川畑) 【Getty Images】

 実戦経験以外にも、日本代表に選ばれたおかげで得たものが多いと話す。同じように日の丸を背負う選手の実力と姿勢を間近で見ることができたからだ。

「やはり代表に選ばれている選手はすごいです。自分にはないものをたくさん持っているので、練習のときから一流選手の練習方法や姿勢を自分にも取り入れて、もっと向上したいと思いました」

 中でもレジェンド・上野由岐子(ビックカメラ高崎)のソフトボールに取り組む姿には大いに感化された。

「ポジションが違うので練習中に会話を交わす機会はなかったのですが、練習の合間や休憩時間には、上野さんからいろいろと話しかけてくださいました。上野さんにとってはきっと普通の会話なんでしょうけれど、私はその中にヒントがたくさんあるなと感じました」

 上野からの言葉で印象に残るのは「周りから何を言われても、結局やるのは自分」という一言だった。

「その言葉が一番胸に響きました。上野さんはベテランで実績もあるのに、代表の誰よりも過酷なトレーニングをしているし、打者一人ひとりに対する研究も徹底している。『勝つために自分が何をすればいいのか』を明確にしている方です。自分もそういう選手になりたいと改めて思いました」

 若手につきっきりで指導する姿や、練習で自分を徹底的に追い込む姿に、長い間、上野が第一線で活躍してきた理由を知った。

鹿児島帰省の度に「オリンピックに出てね」

兄の影響で始めたソフトボールで、今や代表に名を連ねるまでに成長を遂げた。目標に掲げる通算300本安打を達成するべく、長い間現役選手としてプレーを続けたいところだ 【写真提供:デンソーソフトボール部】

 そもそも、川畑がソフトボールを始めたきっかけは「兄がやっていた」からだった。

「年齢は覚えていないですけれど、保育園のときからやっていたと両親には聞いています」

 本格的にチームに入ったのは小学校1年生のとき。

「正直、やめたいと思ったこともありました。練習の厳しさには耐えられたのですが、大事な大会で自分が打てなくて負けたときには『辞めたいな』と……」

 最もつらかったのは、高校1年生のインターハイだった。1年からレギュラーとして出場していた川畑は、サヨナラ負けを喫した。サヨナラ負けの直前、チャンスで打席が回ってきたときに、ヒットを打つことができなかった。「自分のせいで負けた」と思った。

「でも、そういうときにも応援してくれる方の存在が大きくて、思いとどまりました。『負けたけどかっこよかった』とか『元気をもらった』と言われて、自分だけの問題じゃないんだなって思うようになりました」

 最近も、地元・鹿児島へ帰る度に「オリンピックに出てね」と友人たちから声をかけられる。あいさつ回りで訪れる先々で、五輪競技に復活したソフトボールへの大きな期待を感じる。

「プレッシャー? 感じますけれど、オリンピック出場や、そういった期待をかけられるのは、限られた人にしか経験できないこと。絶対にやってやるという強い気持ちでいます」

 そして、ソフトボール競技の魅力を多くの人に伝えることも、川畑の目標のひとつである。

「1球で泣いたり、笑ったり、勝負の明暗を分けるところがソフトボールの魅力だと思います。自分が捕球してアウトにしたり、自分のヒットで勝ったりするとうれしい。特に勝負どころでヒットが打てたときはやっぱりうれしいですね」

 大きな目を輝かせて語った。

 ソフトボール選手としての目標は、過去に日本リーグで2人しか達成していない300本安打を記録することだという。ケガをせず、長い間、現役で活躍しなければ成し遂げられない数字である。その言葉に、ソフトボールと共に生きていくという強い覚悟を感じる。

 五輪出場はもちろん、ひたむきな川畑の挑戦にも注目してほしい。

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著者プロフィール

フリーランスライター/「Number」(文藝春秋)、「Sportiva」(集英社)などで執筆。プロ野球、男子バレーボールを中心に活動中。

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