山縣亮太は9秒9台中盤も視野に 個々の試行錯誤が表れた男子100m

折山淑美

修正能力の高さを見せた山縣

自身2度目となる10秒00をマークし、銅メダルを獲得した山縣亮太 【岡本範和】

 現地時間8月26日の夜9時25分に行われたアジア大会の陸上競技男子100メートル決勝は、フェミ・オグノデ(カタール)の14年大会の記録を0秒01更新する9秒92で優勝した蘇炳添(中国)が、6月にアジアタイ記録の9秒91を2度マークするなど世界を転戦して、ワールドクラスの活躍をしているその力が本物であることを証明する結果となった。

 一方で日本も山縣亮太(セイコー)が3位ではあったが、2位のトシン・オグノデ(カタール)とともに自身2度目となる10秒00をマークして存在感を示した。しかもその10秒00は、単なる記録以上に意味のあるものだった。

 25日の予選は第1組で走ったが、アジア記録保持者のフェミ・オグノデの弟で、大会前の自己ベストは16年の10秒18だったトシン・オグノデに終盤逆転されて10秒19での2位通過。全体では4番目の記録での通過の上、序盤の走りには硬さも見えた。本人も「予選が終わった後は10秒0台が出ればいいなと考えていた」と言うように、決勝へ向けては不安を持った。

 だが翌日の準決勝ではその走りを一変させた。スタートからの加速も柔らかな動きになり、記録も追い風0.9メートルで10秒10と、全体のトップタイムで決勝進出を果たしたのだ。本人も「予選の後はアジア大会に対する不安も少し出てきていて、正直、優勝争いをするまでのイメージは湧きづらかった。だが準決勝では他の選手が良くない中で自分だけが0秒1くらいタイムを上げていたので、その時に優勝争いができると思い、決勝にはしっかり自信を持って臨めた」と言う。

 予選からの1日でしっかり修正をして結果を出せた能力の高さ。さらにアジア大会の決勝という舞台に加え、レース前には「柔らかく感じる」と話していたトラックのサーフェスだったという条件も加えれば、9秒9台中盤までは手の内に入れたといっていい結果だった。

ケンブリッジは準決勝敗退「少しもたついた」

ケンブリッジ飛鳥は準決勝敗退に終わり、「なかなか体をイメージ通りに動かせない」と敗因を語った 【写真:ロイター/アフロ】

 だがその一方、ケンブリッジ飛鳥(ナイキ)は準決勝敗退という結果になった。25日の予選はチャイニーズ・タイペイのヤン・チュンハンと同組で、0秒10差をつけられる10秒23で2位だった。「前半から普通にしっかり入って、中盤から上げていった感じです。まだ少し余裕もある感じだったので、準決勝は、前半は今のようにスムーズに入って後半はしっかり自分のスピードに乗れるようにしたい。今シーズンはまだ自己ベストを出していないので、それを目標にやっていければいいかなと思います」と話した。そして情報が少なかった中東勢に関しては「やっぱりレベルが高いなと感じるので、準決勝からが勝負だと思います」と気持ちを高めていたのだ。

 だが、26日の準決勝は優勝候補の蘇、トシン・オグノデと同組になる第2組。その中でスタートからの序盤の走りは、スピードを上げようという意識が見えるような力の入った動きをしていたうえに、後半はいつものようなしなやかな伸びが見えない走りに。それでも追い風0.2メートルの中で、10秒16の蘇と10秒20のトシン・オグノデに次いでゴールした時は、ケンブリッジも10秒2台で入ったかと思えた。だが結果は10秒36。次の第3組は追い風0.9メートルの条件となり、山縣とヤンに次いでイランのハッサン・タフティアンが10秒17で入り、韓国のキム・クキョンが10秒33で4位。結局プラス2(編注:決勝進出者は各組の上位2選手と、それ以外のタイムが良かった2選手という条件だった)には拾われず、準決勝敗退が決まったのだ。

「今シーズンはあまり自分のイメージしているようなレースができていなかったが、最後までそういうレースをしてしまったなと思います。スタートからの走りも少しもたついたと思うし……。体の状態自体は悪くないけど、なかなか体をイメージ通りに動かせない。普段だったら前半は多少遅れてもラストはしっかり走れるが、今回はそういう自分の得意な部分があまり出なかったかなと思います。走っている感触ではタイムももう少し出ているかなと思ったけど、思った以上に動いてなかったんだなと思いました。そういうところでも外した感じがしました」

 ケンブリッジは冬場に米国のプロチームと一緒に長期間の練習をしたが、そこから少し走りに崩れが出てしまった。4月の織田記念以降はうまく修正して調子を取り戻しかけたが、結局はシーズンインがうまくいかなかったことが響いてしまったといえる。

 同じように勝ち続けてはいたが、少しもやもや感のあった山縣はここにきてしっかり修正してきたが、日本選手権で3位に止まった桐生祥秀(日本生命)を含めて今季は全体的にシーズンインが遅めになっていた印象もある。今年は世界選手権や五輪もない中間年で、各選手は新たなことに取り組みやすい年でもある。そんな試行錯誤が、それぞれ違う結果で表れているのだろう。

個人種目のメダル獲得は最重要課題

4×100メートルリレーの強さをさらに誇示するためにも、個人種目のメダル獲得は最重要課題になりそうだ 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 だが今季はさらなる飛躍を果たしている中国も、3月の世界室内60メートルで決勝に進んで4位となり、屋外シーズンでも専門の200メートルで20秒16の中国記録を出したあとに、100メートルで6月に9秒97、7月に9秒98を出して一躍進化した謝震業が、競技開幕直前にくるぶしの不安でジャカルタを離れる誤算があった。日本が98年以来5大会ぶりの優勝を狙う4×100メートルリレーは、ライバルとなる中国も蘇と謝以外の戦力は不足しており、その2本柱のひとりである謝が離脱したことで、日本が優勝する可能性は極めて高くなってきた。

 昨年の世界選手権と同じくリレーだけの出場となる桐生が、日本選手権3位の屈辱を吹き飛ばすような走りを見せてくれるのか。さらにはその前にある200メートルには、今回は4×400メートルリレーのメンバーになっている飯塚翔太(ミズノ)と小池祐貴(ANA)が大会前の自己ベストランキング1位と4位で臨んでいるが、この種目にエントリーしてきている中には、カタールのトシン・オグノデらも入っているだけに、彼らとどんな戦いをしてくれるかも見どころだ。4×100メートルリレーの強さをさらに誇示するためにも、個人種目のメダル獲得は最重要課題でもある。
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著者プロフィール

1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

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