メモリアルデーに歴史を作ったクロアチア 日々是世界杯2018(7月11日)

宇都宮徹壱

モドリッチについての個人的な思い出

試合会場の前でポーズをとるクロアチアの若い女性。おそらく20年前の記憶はほとんどないだろう 【宇都宮徹壱】

 ワールドカップ(W杯)28日目。この日は準決勝のもう1試合、クロアチア対イングランドがモスクワで行われる。サンクトペテルブルクでフランスの決勝進出を見届けた私は、もう一方のファイナリスト誕生の瞬間を目撃すべく、朝の8時3分発の列車に乗車した。ロシアでの取材は4週間となるが、これまでの移動はもっぱら飛行機だったので、列車での移動は今回が初めてとなる。モスクワまでの移動時間は9時間30分。狭いスペースとはいえ、ゆったりと体を伸ばせるのはありがたい。鼻先に迫る天井を気にすることなく、しばし眠りにつくことができた。

 さて、この日の準決勝。個人的な思い入れはクロアチアに、それも10番を付けたルカ・モドリッチに向いていた。実は私は2006年、ディナモ・ザグレブに所属していた当時20歳のモドリッチにインタビューをしている(当人によれば「日本人から取材を受けたのは初めて」とのことだった)。また同年のW杯直前には、モドリッチの代表デビュー戦となったスイスでのアルゼンチン戦も取材している。この試合は若きリオネル・メッシも出場しており、のちにエル・クラシコの10番を背負う両雄が、代表チームで初めて同じピッチに立った瞬間でもあった。

 あれから12年。今ではレアル・マドリーの10番となり、クロアチア代表のキャプテンでもあるモドリッチにとり、今回のW杯はまさに自身のキャリアの総決算である。と同時に、祖国の歴史に新たな1ページを加える絶好の機会でもあった。今大会でファイナル進出が決まれば、98年フランス大会で偉大な先輩たちが達成した「世界3位」の記録を20年ぶりに塗り替えることになる。とはいえ、すでにモドリッチをはじめとする主力選手は、2試合連続のPK戦で疲労困憊(こんぱい)。加えて相手は、52年ぶりの決勝進出を目指して勢いに乗る、若きイングランドである。クロアチアの苦戦は戦前から予想されていた。

 現地時間21時、ルジニキ・スタジアムでキックオフ。試合は序盤から動いた。前半4分、デレ・アリをモドリッチが自陣ペナルティーエリア手前で倒してしまい、イングランドに絶好の位置からのFKが与えられる。これをキーラン・トリッピアーが正確無比のキックでたたき込み、イングランドが先制ゴールを挙げた。いきなり劣勢に立たされたクロアチアは、思いどおりにプレーできないいら立ちやミスが重なり、前半から焦りの色を濃くしてゆく。ここで追加点を決められたら、ゲームの行方は決まっていただろう。結局、イングランドの1点リードのまま、前半は終了した。

3試合連続で120分間を勝ち切ったクロアチア

試合前にクロアチアのサポーターが掲げた横断幕。「スパシーバ(ありがとう)・ロシア」と書かれてある 【宇都宮徹壱】

 後半もクロアチアは、イングランドの堅い守備を崩すことができず、こう着した時間帯が続いた。しかし後半23分、再びスタジアムが歓声で揺れる。クロアチアの右サイドからのクロスに対し、カイル・ウォーカーがヘディングでクリアを試みるも、イバン・ペリシッチが伸ばした左足が先に触って、これが同点弾となる。さらにその4分後、またしてもペリシッチが際どいシュートを放ち、弾道はポストを直撃。ゲームの流れは、完全にクロアチアに傾いた。それまで体が重かった選手たちは、同点を機に一気に躍動し始め、ようやくセミファイナルらしい試合になってゆく。

 結局、90分では決着がつかず、クロアチアは3試合連続で120分を戦うこととなった。延長後半4分、クロアチアのクロスに今度はウォーカーがクリアするも、ペリシッチがヘディングでゴール前にボールを供給。これにマリオ・マンジュキッチが素早く反応し、左足でゴールネットを揺らす。いったいどこに、そんな力が残っていたのだろう。しかし喜びもつかの間、マンジュキッチは足をつって交代を余儀なくされる。殊勲の勝ち越しゴールを挙げた男は「もうPK戦はごめんだよ」とばかりに、ゆっくりとした足取りでタッチラインまで歩き、ベドラン・チョルルカと入れ替わった。

 一方のイングランドは、先制ゴールを決めたトリッピアーが内転筋を痛めて、延長後半11分でプレー続行が不可能となる。しかし、すでにイングランドは4枚目のカードを使い切っていたため、残り時間を10人で戦うことに。そして歴史的瞬間のカウントダウンが始まる中、ここまで先発フル出場だったモドリッチが、延長後半14分でようやくお役御免となる。クロアチアのキャプテンが、満ち足りた表情でピッチを後にしたとき、私はクロアチアの勝利を確信した。試合はそのまま2−1で終了。若きスリーライオンズを倒したクロアチアが、史上初となるファイナル進出を果たすこととなった。

 記者席のモニターで、歓喜に沸くクロアチアの選手たちとサポーターの様子を眺めながら、自然と胸が熱くなるのを覚えた。くしくも20年前の7月11日は、W杯フランス大会の3位決定戦が行われており、初出場のクロアチアは3位に輝いている。そんなメモリアルデーに、歴史を塗り替える大偉業を達成するとは、何という劇的なストーリーであろうか。そして決勝の相手は、同大会以来2度目の優勝を目指すフランス(20年前の準決勝で敗れた相手でもある)。日程的にも戦力的にも優位に立つフランスだが、クロアチアはまたしても常識を超越した復元力を発揮した。今大会の決勝は存外、スリリングな試合内容となるかもしれない。
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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