勇敢さを取り戻した守護神、川島永嗣 トップに君臨し続ける男の比類なき経験値

元川悦子

日本代表の守護神に君臨し続けて丸8年

南ア大会直前に正GKの座をつかみ、欧州でレベルアップをはかってきた 【写真:ロイター/アフロ】

 27歳だった2010年のW杯南アフリカ大会直前に先輩・楢崎正剛から代表正GKの座を受け継ぎ、同大会16強進出の立役者になってから丸8年。川島は日本代表の守護神の座に君臨し続けてきた。

 14年ブラジル大会の惨敗後、所属していたスタンダール・リエージュで出番を失い、15年夏から半年間の浪人生活を強いられた時にはさすがに代表招集見送りとなったが、ベルギー、スコットランドを経て欧州5大リーグのクラブ、フランスのメスへと上り詰めた経験値と実績はやはり比類なきものがある。それは関係者の誰もが認めるところだった。

 だからこそ、代表が苦境に陥った最終予選途中でヴァイッド・ハリルホジッチ前監督は川島を再招集。17年3月のUAE戦でスタメンに抜てきしたのだ。そこで圧巻のパフォーマンスを見せ、日本を窮地から救って以来、彼は再び日本代表のゴールマウスに立ち続けた。今季は所属するメスが最終的に2部降格の憂き目に遭ってしまったが、川島自身はリーグアン29試合に出場。過去にない冷静さと落ち着き、風格を漂わせるほど好調をキープしていて、3月時点ではロシア大会への不安など一切、感じられなかった。

責任感の強さゆえに、少しナーバスに

国内合宿に合流した川島(左)からは、少しナーバスな様子が感じられた 【写真:西村尚己/アフロスポーツ】

 ところが、ハリル前監督が4月頭に解任されたことが彼自身に微妙な影を落とすことになった。西野新体制の本格始動となった5月下旬の国内合宿に合流した川島からは、少しナーバスな様子が感じられた。誰よりも責任感の強い男だけに、前指揮官や成長を促してくれたエンヴェル・ルグシッチGKコーチらへの複雑な感情が拭い切れない部分はあっただろう。一方で、西野体制の代表を何とかしていかなければいけないという責任感も強かったはず。「最年長の自分が引っ張るんだ」という意識が過剰に働いていた可能性は少なくない。

 それが空回りし、5月30日のガーナ戦(0−2)でいいスタートを切れなかった。2失点は直接FKとPKによるものだったが、防げなかっただけでも嫌な感触は残る。「新しいチームの初戦だったガーナ戦のところで入りがよくなかった」と本人も認めたが、小さなつまずきが影を落とし、オーストリア・ゼーフェルトでの事前合宿に入ってからも苦しむ川島の姿が目に付いた。

 0−2で負けたスイス戦後には「GKを代えるべき」という論調が一気に強まったものの、「自分は絶対に逃げるつもりはない」と断言。苦境脱出のきっかけをつかむべく、日々の努力を怠らなかった。それでも悪循環は断ち切れず、W杯本大会に入ってからもミスが続いたことから、本当に外される寸前までいった。西野監督も東口順昭か中村航輔の起用を真剣に考えたはずだ。

追い込まれた時こそ、底力と驚異の集中力を発揮

強靭なメンタルを持つ川島の復調を、長友は心から喜んだ 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 ただ、こうしてギリギリのところまで追い込まれた時こそ、川島永嗣という男は底力と驚異の集中力を発揮する。8年前の南アでも劣勢に追い込まれる中、スーパーセーブを連発。スタンダール・リエージュ時代にもいわれなき批判にさらされながら、結果を出してきた。ここまで数々の逆境を跳ね返してきた強靭なメンタルを持つ日本人GKは彼しかいない。その実力をポーランド戦でようやく実証したことで、チーム全体が落ち着きを取り戻したと言っていい。

「GKってすごい難しいポジションで、最高のプレーをしていても1つのミスで批判されたりする。僕も長年、一緒にプレーしてきていますけれど、何度も助けてもらったのに、批判されるのは自分のことのように悔しかった。永嗣さんがセーブをするたびにすごく思い入れがあるというか、1つ1つのプレーに飛んでいきたいような気持ちでいました」と南アからの盟友・長友佑都も川島の復調を心から喜んだ。それは今の日本代表全体に共通するプラスの感情ではないだろうか。

川島「新しい歴史を作りたい」

日本の絶対的守護神は「新しい歴史を作りたい」と意気込む 【Getty Images】

 ここから対峙(たいじ)する決勝トーナメントの相手はどこも爆発的攻撃力を誇るチームばかり。グループリーグ最多の9得点を記録した次戦の相手ベルギーはまさにそういう存在だ。ロメル・ルカクやエデン・アザールといった世界屈指のアタッカー陣がひしめく相手に金星を挙げようと思うなら、ゴール前に陣取るGKの一挙手一投足が大いに問われてくる。

「手強い相手であるのは間違いない、ただ、今、みんなが考えているのは次のステージに進むこと。相手がどこであろうと1つになって新しい歴史を作りたいと思っています。南アの時と比べても、誰が出てもチームのために献身的にやれる感覚、共有できる部分は今回の方が上。今は8年前以上のまとまりがあるんじゃないかと思います」

 こう語気を強めた川島も8年前に阻まれた16強の壁を超えるべく、自分自身を研ぎ澄ませているに違いない。ベルギーは彼が5年間プレーした国。選手個々の特性や代表の傾向もよく分かっているはずだ。その蓄積を生かすとしたら今しかない。ベルギー戦が行われる2日のロストフ・ナ・ドヌでは、完全復活した35歳の絶対的守護神がベルギーの世界的アタッカー陣の前に勇敢に立ちはだかる姿をぜひ見たい。

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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