強豪国の苦戦が目立ったグループリーグ 効かなくなったハイプレスと撤退守備

西部謙司

あまりにも旧式なアルゼンチンのサッカー

マスチェラーノを中心に泥臭く守り、メッシの一撃で勝つ。アルゼンチンのサッカーがあまりにも旧式だ 【写真:Shutterstock/アフロ】

 グループDはアルゼンチンが首の皮1枚の状態から生き残った。ナイジェリアとの最終戦はホルヘ・サンパオリ監督の指揮権が剥奪され、リオネル・メッシとハビエル・マスチェラーノがメンバーを決めていたという報道も出ている。ナイジェリア戦を見ても、アルゼンチンは結局のところ、メッシとマスチェラーノのチームだということがよく分かった。マスチェラーノを中心に泥臭く守り、メッシの一撃で勝つ。アルゼンチンの伝統的必勝パターンとも言える。

 しかし、サンパオリ監督はメッシとマスチェラーノを生かし切るチームを構築できなかった。ならば、2人の意見で決めてしまった方がいっそスッキリするということなのだろう。パス供給がなかったメッシはエベル・バネガとアンヘル・ディ・マリアの起用を希望しただろうし、それで守備が耐えられるかどうかマスチェラーノが判断すればいいわけだ。これが伝統芸とはいえ、アルゼンチンのサッカーがあまりにも旧式である。撤退守備に対しては、メッシというスーパータレントだけが打開策。ただ、4年前もこれで決勝までいっている。

 グループEはブラジルがスイスと引き分け、コスタリカにも引きこもられてドロー寸前だった。しかし、ブラジルはスペインとともに撤退守備攻略に長けたチームという点で、他とは一線を画した存在である。マルセロ、ネイマール、フィリペ・コウチーニョのトライアングルが攻略のエンジンだ。スペインと比べるとパスワークによる狭小地域の突破には固執しておらず、ドリブル突破にも威力がある。守備もスペインに似ているが、そこまでリスクはかけず、引いたときも強い。ポゼッション+ハイプレスに特化したスペインに比べると、どういう形にも強みのある全方位型のチームと言える。

 グループF最下位でグループリーグ敗退に終わった前回優勝国ドイツは、前評判ほど強くないと思っていた。優勝候補だったが、スペイン、ブラジル、フランスほどではない。ゲームを作れる選手がトニ・クロースとメスト・エジルしかおらず、撤退守備攻略についても結局のところ、マリオ・ゴメスしか回答を持っていなかった。フランスと似ているが、フランスほどのフィジカル面での優位性もなかったことが敗因に挙げられる。

 グループGのベルギー、イングランドは強豪ではあるが優勝候補とまでは言えない。グループが完全な二強二弱だったので突破は容易だった。これから真価を問われることになるだろう。グループHも優勝候補はいない。最も有力だったコロンビアが初戦で日本に敗れたことで混戦となったが、最終的にはコロンビアと日本が抜け出した。

進化を遂げたクロアチア、メキシコ

クロアチアはグループリーグ時点でのベストチームと言っていい 【写真:ロイター/アフロ】

 グループDを3連勝で通過したクロアチアはグループリーグ時点でのベストチームと言っていいだろう。ルカ・モドリッチ、イバン・ラキティッチを筆頭に技術の高い選手を輩出し、旧ユーゴスラビア時代には東欧のブラジルとも呼ばれていたタレントの宝庫だ。これまではタレントが多いゆえにチームバランスを構築できずに自滅するケースもあったのだが、今大会では攻守のバランスに優れたプレーをしている。

 モドリッチ、ラキティッチ、マテオ・コバチッチ、アンドレイ・クラマリッチといった10番タイプのタレントが軒並みハードワークできることがチーム力を押し上げた。例えば、アルゼンチン戦ではアルゼンチンの3−4−3システムに対して変則的な4−3−3で対抗していた。4−2−3−1をベースにしているクロアチアだが、対戦相手や状況に応じてシステムを変えるなど柔軟に対処できている。それが可能なのは、テクニシャンたちが守備をしっかりこなせるから。

 モドリッチとラキティッチのコンビは、それぞれレアル・マドリー、バルセロナという最高水準のクラブに上り詰める過程でハードワークを身につけ、クリスティアーノ・ロナウド、メッシの絶対的エースのいるチーム内でバイプレーヤーとして存在感を高めてきた。このコンビの攻守にわたる貢献がクロアチアを一段高い場所へ押し上げている。

 ドイツを破ったメキシコにも進化が感じられた。ドイツ戦ではドイツのビルドアップの段階でクロースとマッツ・フンメルスにマークをつけ、ジェローム・ボアテングにボールを持たせてヨシュア・キミッヒへパスさせる撤退守備でドイツを行き詰まらせた。ボアテングに持たせてキミッヒに渡させる作戦は、実はブンデスリーガでバイエルン・ミュンヘンと対戦するチームの常とう手段になっていた。

 なぜこの守備が効果的かというと、キミッヒが高い位置でボールを持つことで、右サイドのトーマス・ミュラーが中央へ入ってくる。そうするメキシコの撤退守備に対して、ドイツは中央で渋滞を引き起こす。渋滞して自らスペースをつぶすことでエジルへパスが入らなくなる。ドイツでアイデアのあるパスを出せるのはクロースとエジルしかいない。クロースはすでにマークしてボールが行かないようにしていて、エジルは自然に埋没する。ドイツの攻撃はアイデアのないクロスボールに終始すると読み切っていたわけだ。さらにクロースが攻撃に加担しないために、相棒のサミ・ケディラが前へ出る。攻撃力のあるクロースが後方に残り、守備の強いケディラを前へ引っ張れる。これでカウンターの準備もできていた。

 マリオ・ゴメスが出てくるまで、ドイツの前線にはそれほどハイクロスへの優位性がない。ティモ・ベルナーはスピードを生かした裏への飛び出しが特徴のFWだが、すでにメキシコに引かれていてスペースは限られていて、さらにパスの出し手であるエジル、クロースが関与しないので働きどころがなかった。とはいえ、メキシコに撤退守備の強度がなければドイツを引き込む戦い方は危険だったことに変わりない。メキシコは守備の強さを示し、ロングカウンターでは正確なクサビを落とし、前を向いたアタッカーの技術とサポートの早さで守備の薄いドイツを陥落させた。

 メキシコは典型的なポゼッション攻撃のチームだ。つまり技術が高く、カウンターで技術力の高さを発揮するのは容易だった。守備の強度が進化の要因であり、ドイツを分析して的確な対策を打ったことが、ジャイアントキリング実現につながったと言える。

 どのチームもパスワークが巧みになりハイプレスがはまらなくなった。守備はミドルゾーンより自陣側に移行した。その際、相手の組み立てパターンを封じる対策を打てるかどうかは、守備強度にかかわるポイントになっている。後方に人数をかけて守るのだから、相手のビルドアップ時点では必ずフリーになる選手がいる。そこで誰に持たせてはいけないか、誰なら持たせていいのか。さらにそこからどう攻撃を限定していくか。どのチームも分析と対策を行っている。メキシコはその最大の成功例だった。逆に言えば、バイエルンが母体のドイツは手の内が知れ渡っているにしては無防備だった感は否めない。

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著者プロフィール

1962年9月27日、東京都出身。サッカー専門誌記者を経て2002年よりフリーランス。近著は『フットボール代表 プレースタイル図鑑』(カンゼン) 『Jリーグ新戦術レポート2022』(ELGOLAZO BOOKS)。タグマにてWEBマガジン『犬の生活SUPER』を展開中

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