中島のデビュー弾もかすむ深刻な課題 テスト重視で試合のテーマ設定が曖昧に

宇都宮徹壱

前半の日本を襲った2つの誤算

大島は前半34分、左足を痛めてまたしても途中交代となる 【写真:高須力】

 前半の日本は、序盤から相手ペナルティーエリア内でたびたびチャンスを作っていた。とりわけ気を吐いていたのが右FWの久保で、逆サイドの宇佐美からの長いパスや大迫とのワンツーから惜しいシュートを放ち、さらには大島のミドルシュートを促すラストパスも供給している。日本の先制点が期待される中、気になった点もあった。それは、攻撃がロングボール中心で単調であったこと、そして右サイドでの宇賀神のプレーが空回り気味だったことである。特に後者については、慣れないポジションだったことを差し引いても、あまりにも安定感を欠いていた。前半19分には、対面するムサ・ジェネポをファウルで倒してしまい、この試合最初のイエローカードを提示されてしまう。

 日本の誤算が最初に表れたのが、前半33分。それまで中盤の底からゲームを組み立てていた大島が、急に座り込んでしまう。どうやら左足の筋肉にアクシデントが起こったようだ。大島は昨年12月に行われたE−1選手権の中国戦でも、左太ももを痛めて途中交代している。結局、山口蛍との交代となったが、大島がベンチに下がったことで中盤からの縦方向のパスは影を潜めることとなる。さらに42分、またしても宇賀神がジェネポにファウル。今度はペナルティーエリア内であったため、アブドゥライ・ディアビにきっちりPKを決められ、マリに先制を許してしまう。前半は日本の1点ビハインドで終了。

 ハーフタイム、ハリルホジッチ監督は宇賀神を諦め、右SBを酒井高徳に託す。これでようやくディフェンスラインは落ち着いたが、逆にマリが攻勢を強めてきたため、日本は守勢に回る時間が続いた。「局面で(マークが)はがされてしまうと、たとえブロックを作ってもズレてズレてという感じになってしまう」と語ったのは長谷部である。だがそれ以前に、チームとしての練度は若手主体のマリのほうが上回っていた。マガスバ監督によれば「この試合のために月曜日に到着して、練習したのは3〜4日くらい」とのこと。チームとしてのプレーモデルのイメージは、少なくとも日本よりも明確であった。

 そんなマリに対抗するべく、日本ベンチは次々とカードを切ってゆく。後半15分には長谷部と宇佐美を下げて三竿健斗と中島翔哉、20分には森岡OUT/小林悠IN、さらに25分には久保OUT/本田圭佑IN。三竿と中島の「東京ヴェルディユースOBコンビ」の同時起用、そして本田の約半年ぶりの代表戦復帰。何かと見どころの多いベンチワークであったが、記者席で見ている立場からすると「誰でもいいから、何とか打開してくれ!」というのが偽らざる気持ちである。アディショナルタイムの表示は4分。「もはやこれまでか」というタイミングでドラマが生まれた。相手DFがクリアしたボールを、三竿が拾ってクロスを供給。これに中島が左足ダイレクトでネットを揺さぶる。直後に終了の笛が鳴った。

「何が足りないか? すべてにおいてだ」

中島のデビュー戦でのゴール以上に、深刻な課題ばかりが浮き彫りになったゲームとなった 【Getty Images】

 試合後、日本サポーターが陣取るゴール裏からは「おー、しょーやー!」というチャントが繰り返し唱和されていた。昨年12月のE−1選手権で初キャップを刻んだ三竿がアシストし、これが代表デビューとなる中島がいきなり初ゴールを決めたのだ。現地まで駆け付けたサポーターにとっては、さぞかし感無量であったことだろう。

 それにしても同じ代表デビューでありながら、中島と宇賀神のコントラストの何と残酷であったことか。もちろん宇賀神にとっても、本来ならばリベンジのチャンスがゼロではない。だが、少なくとも今の体制において、その可能性は限りなく低いと判断せざるを得ない。何しろ本番までは、あと3カ月しかないのだから。それは現場にいた選手の誰もが、肌身に感じていることだ。

「マリの選手たちは、個々の能力は高かったと思う。球際や個のクオリティーでも、日本はやっぱり劣っていたかなと感じる」と長谷部が語れば、途中交代のキャプテンから腕章を引き継いだ長友も「もう伸びしろなんて言ってられる時期ではない。今、修正しないと手遅れになって終わりますよ」と危機感を隠さない。もちろんハリルホジッチ監督も、今回の結果を重く受け止めている。前日のテンションの高さから一転、試合後の会見で絞り出すように語った言葉を要約すると、以下のようになる。

「皆さんが想像している以上に、やらないといけないことがある。スタメンで出したい5〜6人の選手がいないことを痛感した試合だった。2つの異なるオーガナイズを今回トライしたが、私が期待するW杯本大会のチームからは、まだ遠い。何が足りないか? 戦術、フィジカル、メンタル。すべてにおいてだ」

 おそらく中島のデビュー戦ゴールの話題がトップを飾る日本のメディアも多いことだろう。確かに、見る者に一定のカタルシスを与える劇的な同点ゴールであったことは間違いない。しかしそれ以上に、今回のマリ戦は深刻な課題ばかりが浮き彫りになったゲームであった。まず、セネガル対策よりも選手のテストに重きが置かれ、この試合のテーマ設定が曖昧に終わってしまった。そのテストで明らかになったことと言えば、両SBの選手層が薄いこと、大島がまたしても90分間プレーできなかったこと、そして「スタメンで出したい5〜6人の選手」が不可欠だったこと、以上である。

 もしもこの試合が日本で開催されていたなら、おそらくスタジアムはファンの不満と焦燥でブーイングが起こっていただろう。幸か不幸か、試合が行われたのは観客もまばらな平日午後の異国のスタジアム。しかしその静けさゆえに、日本が突きつけられた現実が、よりリアルでシリアスなものに感じられた。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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