「下山を決断」したフリーライド白馬大会 カナダでの代替開催で浜が日本人初優勝

後藤陽一

フリーライド競技の世界選手権で日本人初優勝を成し遂げた女子スノーボードの浜和加奈 【freerideworldtour.com】

 2月6日にカナダのキッキングホースマウンテンリゾートで行われた、「Freeride World Tour(FWT)白馬大会」で、日本からワイルドカードで出場した女子スノーボードの浜和加奈が、20年の歴史を持つ世界で最も権威のあるこのフリーライド競技の世界選手権で史上初めて日本人として優勝した。カナダ大会、白馬大会に出場して女子スノーボードカテゴリで現在1位の浜は、なんとシーズンワイルドカードを獲得。

 3月1〜7日に行われるアンドラ大会、3月9〜15日に行われるオーストリア大会に出場する権利が与えられ、女子スノーボードに出場している7名のうちオーストリア大会終了時点で上位4位のみ出場できる最終戦、スイスのヴェルビエ大会への出場にチャレンジする。

 世界的には無名の選手が予選でのポイント獲得を経ずに、いきなりトップ選手しか出場出来ないFWTで優勝するのは異例中の異例である。

 さて、ここまで読んで頂いた読者の方は、「カナダで行われた白馬大会」という言葉に違和感を感じただろうか。実はこの大会は長野県白馬村で行われる予定だったがキャンセルされ、繰り越しで開催されたイベントだった。

白馬大会、2週間のウェイティングと繰り越しの決断

 2020年東京五輪の正式種目であるサーフィンが自然の波を使うのと同様、フリーライドは人工物を用いず、自然の環境をそのまま使って競技を行う。そのため、約1週間の「ウェイティングピリオド」や「ウェザーウィンドウ」と呼ばれる期間を設定し、その期間中は毎日、天気予報や積雪を綿密に分析し、絶対的優先事項である、(1)選手の安全、そして(2)ジャッジが滑走を見られ、(3)映像コンテンツのクオリティーが担保できる視界がある日を選んで、開催日となる1日を決定する。

 特に、イベント運営において(1)の「選手の安全を重視する姿勢」は徹底しており、チームの山岳ガイドや選手たちの意見を聞き、少しでも雪崩の危険性や大きなケガの可能性があると判断した場合は、スポンサーやプロモーションの都合を多少犠牲にしてでも安全を優先させ、日程や開催する斜面を変更する。

競技前にはミーティングで選手たちに斜面のコンディションが伝えられる 【freerideworldtour.com】

 FWT白馬大会は1月15日頃から、スイスより来日したチームが、昨年のテストイベントでリストアップしていた複数の会場候補斜面それぞれを毎日早朝からチェック。日々刻々と変わる積雪の状況と天気予報を元に、徐々に開催候補日を絞り込んでいった。

 しかし山岳ガイドとして、FWTのスタッフとして、アラスカなどの極地を含む世界中の山で20年以上大会を運営してきたFWTの競技セキュリティーチームでも、1月の北アルプスの気候を読み、判断を下すことは困難を極めた。1月にはめったにない雨が標高2000メートルの地点まで届き、斜面の雪を全て剥がした後、大量の積雪、そして直後にそれを吹き飛ばす爆風と、準備の開始からウェイティングピリオドの2週間は、息つく間もなく天候が変わった。

 天候の間を縫い、18日には82人の日本人・外国人選手に混じって戦ったFWQ(予選大会)を実施、20日に現在世界最高のスノーボーダーのひとりと言われているトラビス・ライスや日本人で唯一昨シーズンのツアーを転戦した楠泰輔ら10人のFWT出場選手が滑ったエキシビションを行った。

エキシビションで滑走するトラビス・ライス 【freerideworldtour.com】

 そして23日、十分クリアな視界が得られるかどうか100パーセント確信がない中、一部のスタッフが深夜2時から山の斜面をチェックしてわずかな可能性にかけてFWTの競技の実施を決定。ライブ中継もスタートしたが、4時間以上待機しても視界が晴れず、結局実施に至らなかった。

 ウェイティングピリオドが残り1日となった26日。競技斜面を変える、ウェイティングピリオドを1日伸ばす、などさまざまな可能性をギリギリまで探った末、夕方5時に白馬の山でのイベント開催をやめるという決断が下った。

 FWTの創業者であり会長のニコラ・ハレウッズはこの決断に関して、「“セーフティー・ファースト”を掲げているFWTにおいて、選手の安全はほかの何よりも優先されます。FWTチームは準備期間を含め2週間、地元の実行委員会の皆さまと競技の開催に向けて全力でトライし、実施には至らなかったものの、その連係は非常に強固なものとなりました。来年また白馬に戻ってきて、大会を開催することを今から心待ちにしています」との声明を出した。

 山での遭難事故は、「無理をしたり、十分な検討なしで決行する」ことが原因で起こることが多いと言われている。数年にわたる準備期間とたくさんのお金をかけたにもかかわらず、経験豊富なプロが検討に検討を重ね、「安全」という何にも勝る要素を優先して「下山を決断」した大会実行委員会。その判断と決定が、バックカントリーを楽しむ一般のスキーヤー・スノーボーダー、トレイルランニングやマウンテンバイクをする人、登山者など、山や自然を相手に遊ぶ人たちへのメッセージとなることを当事者の一人として強く願っている。

白馬でフェイスチェックをする選手たち 【freerideworldtour.com】

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著者プロフィール

FWTジャパン株式会社 マネージングディレクター /アジア事業統括責任者

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