スケーターと振付師の関係とは!? 【対談】宮本賢二×安藤美姫 前編

スポーツナビ

「羽生くんは試合のときに意志がすごく出る」

エキシビションのプログラムを振り付けしたことある羽生について、宮本さんは「集中力がすごくて、良い意味で人を寄せ付けないオーラを出す」と評する 【坂本清】

――宮本さんは、平昌五輪に出場する男女シングルの選手を振り付けした経験があります。印象に残っていることはありますか?

宮本 羽生くんは震災のときのプログラムなどを振り付けたのですが、彼自身いろいろ複雑な気持ちもあったのか、あまり言葉に出さずに「こういう雰囲気でやろう」ということだけを伝えました。彼は集中力がすごくて、良い意味で人を寄せ付けないオーラを出す。1つのことを伝えたときに、リンクの端に行って一生懸命練習する。そういうひたむきさがあるから、試合のときに彼の意志がすごく出るんだろうなという印象があります。

(宇野)昌磨くん(トヨタ自動車)は、振り付けを自分で1回かみ砕いて理解をしてくれる。最初はちょっと時間がかかるんですけれど、できあがったら自分の色も出してくれる選手です。(田中)刑事くん(倉敷芸術科学大)は昔、僕と向かい合っているのに同じ動きをしてしまうという癖があったので、それをずっと注意しながらやりました。手足はちょうど良い感じで動いていたんですけれど、次は意識しようねと。すごく真面目で、どちらかというと無口です。おとなしいけれど、滑るとスケートから強い意志が出るような芯が強い選手だと思います。

 知子ちゃんは、こうやってというのを100パーセントやってくれるので、振り付けしていて気持ちが良い。帽子をかぶってというと本当に帽子をかぶってくれて、「ここで帽子を脱いで髪の毛をたらして」と言うと、なりきってやってくれる。当時は今と比べると表情が硬かったんですけれど、100パーセントやってくれるので、見ていて気持ちが良かったです。あと練習量が半端ない。少しでもずれたらすぐにやり直して、ずっと滑っています。そういう努力の積み重ねが今回こういう形になったんだと納得しました。

(坂本)花織ちゃん(シスメックス)を振り付けたときは時間がなくて、早めに急いで作った感じなんですけれど、振り付けのスピードと彼女の持っているスピード感がよく合った。落ち着いて滑るとゆっくり見えてしまう。でもバタバタとたたみ掛ける怒涛(どとう)のように動くプログラムを作ったので、それが彼女に合っていたのかなと思います。でも普段は普通の女子高生。練習はすごく真面目にやる。

安藤 私は宮原選手みたいに冷静に繰り返しできないと思います。頭で描いているものと、自分が表現するものが違うといら立ってしまう(笑)。

宮本 美姫ちゃんはいら立っているときに背中から炎が出ているからね。それでどこかに行って戻ってくると、独り言を言っていたりする。

安藤 炎は出てないですし、独り言なんて言っていませんよ(苦笑)。

宮本 それで「先生、今の違うと思うんですけれど」と言ってきたりする。まだ煮えたぎっているやんと。

安藤 そうなっているとき先生はいつも「休憩を挟もうか」と言ってくれるんですけれど、そこで休憩を挟むと、余計に集中力が途切れるタイプなので、先生には休憩していただいて、私はずっとリンクにいますね。

初めて振り付けしたときの苦労

自らも現役選手の振り付けを行った安藤さん。初めての経験に相当の苦労をしたそうだ 【赤坂直人/スポーツナビ】

――安藤さんは過去にいろいろな方に振り付けをしてもらっていますが、振付師によってどのような違いがありますか?

安藤 ニコライ(・モロゾフ)先生は、曲を選びCDをかけながら、「ちょっとここで踊って、次はここで踊って」と振り付けしてから曲を作っていきます。ジャンプも時間を計る。最後の方はお互いどうやるか分かっていたので、一緒に音楽も作っていました。

 デヴィッド(・ウィルソン)先生は(自分は)スケート靴を履かないで、曲と合わせて「こうやって」というやり方です。「スケート靴を履いてこうできる?」という感じで、「これは絶対にできないでしょ」みたいなこともあります。

宮本 俺が美姫ちゃんの振り付けをするときは、背中と伸びた脚がきれいなので、できるだけそれをきれいに見せるように意識している。美姫ちゃんも最近振り付けをしているよね。

安藤 本当にセンスがないから、そんなに進んではやっていないです(笑)。

宮本 そんなことはないでしょ。

安藤 私が初めて振り付けしたのは大庭雅選手(中京大学)で、それから門奈(裕子)先生の所の選手を何人かやらせていただきました。お声掛けいただいたのできちんとやっていますが、大庭選手にも1回「無理だから」と言って断ったんです。大庭選手は大学卒業とともに引退をするという考えがあったので、「最後のシーズンに使うショートとフリーのプログラムを」と言われて……。初めての振り付けなので「そんな大事なものはできません」と言いました(笑)。でも大庭選手の気持ちを大事にしたいというのもあり、自分にセンスがないからとか不安な気持ちよりも、一緒に良いものを作りたいという気持ちになれたのでやらせていただきました。とはいえ、本当に大変でした。

宮本 何が一番大変だった?

安藤 まず「振り付けってどうやるの?」と(笑)。それこそ大庭選手の『ミッション』は私の代表曲でもあったので、同じ雰囲気になってほしくないというのがあったんです。でも門奈先生は「美姫っぽくして」と言う。なので私っぽい所も入れながら、大庭選手の良い所をたくさん入れていこうと思いました。プログラム構成と時間を全部考えて紙に書き、何度も音楽を聴く。大庭選手の演技を見て、ジャンプやスピンにはこれくらい時間がかかるから、曲との調和はこうとかいろいろ考えて本当に疲れました。だから振付師は向いていないと思います。先生みたいにパッパッパッとできないです。すごいと思います。

宮本 俺も初めて振り付けをしたときは、いろいろ考えて絵コンテとかも描いたけれど、全部無駄になってしまった。描いたものを見せて「こんな感じ」と言っても理解してもらえないし、動いたとしても形は絵コンテと違う。無駄な努力ではなかったけれど、それをやるよりは選手をもう少し見た方が良かったかなと思う。だから今はできるだけ選手を見るようにしているんだよね。

安藤 先生はコーチになる気はなかったんですよね? 前に聞いたら「振付師で」と言っていました。

宮本 そうだっけ? 周りにいっぱい振付師がいたから。樋口豊先生もそうだったし、米国やフランスに行っても振付師さんがいた。だから自然とやるだろうなという感じだね。

(取材・文:大橋護良/スポーツナビ)

<後編に続く>

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