イランの奇策と岡田武史の判断 集中連載「ジョホールバルの真実」(7)

飯尾篤史

名波浩、相馬直樹(右)の左サイドのホットラインは、日本代表の攻撃の生命線だった 【写真:岡沢克郎/アフロ】

 イランの指揮官、ビエイラはのちに、3トップが日本対策だったことを明かしている。
〈私が恐れた選手は、2人いた。相馬と(中略)名良橋だ。彼らのスピードが、日本の攻撃の原動力になっていた。特に相馬は、攻撃参加のタイミングが絶妙で、あのようなタイプの選手はイランにはいない。対策として、マハダビキアを相馬のサイドに、しかもストライカーのように高い位置に置いたんだ〉(『週刊サッカーマガジン』2009年12月15日号)
 名波浩、相馬の左サイドのホットラインは、日本代表の攻撃の生命線だった。左サイドが封じられた最終予選半ばには攻撃力が半減したが、韓国との第7戦、カザフスタンとの最終戦では息を吹き返し、呼応するように右サイドも勢いを取り戻していた。
 そのサイド攻撃を、イランは封じにきたのだ。
 岡田は試合後、「イランが3トップでくるのは予想していなかった」と話している。
 だが、日本の左サイドを潰しにくる可能性は予期していた、と小野剛は証言する。
「試合前夜はいつも、食事のあとにラウンジで一杯やりながら、岡田さんと私とでシミュレーションをしていたんです。『名波がケガをしたら、どうするか』『その場合は、こうして、こうして、オーケーだな』といった感じで。あらゆる状況を想定して、さまざまなプランを用意していました」
 1時間が過ぎ、徹底的に議論し尽くすと、岡田の額に浮いていた血管が消えて普段の表情に戻り、「よし、そろそろ寝るか」と、シミュレーションを終えるのだ。
 もちろん、シミュレーション通りになるとは限らない。だが、少なくともアクシデントが起きたときに、動揺して頭の中が真っ白になることはない。

 イラン戦の前夜もいつも通り、ホテルのスカイラウンジで岡田と小野は入念なシミュレーションを行っていた。
「そのとき、岡田さんが『剛、おまえがイランの監督だったら、どうする?』と聞いてきたんです。『イランの監督になったつもりで考えてくれ』と。それで、いろいろな案を出したのですが、『直樹にマンマークをつけて、日本の左サイドを封じようとするかもしれない』という話もしていたんです」
 イランが3トップできたことを「攻撃的にきた」と読み違えれば、相馬に攻撃参加を控えさせたかもしれない。そうなると、ゲームはイランペースで進んだ可能性が高い。
 イランの3トップを「日本対策」だと察した日本のベンチが迷うことなく「構わずいけ!」と指示したことで、相手のプランは崩れ、相馬をはじめ、日本の選手たちも動揺することなく、試合に入っていけたのである。

<第8回に続く>

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集中連載「ジョホールバルの真実」

第1回 戦士たちの休息、参謀の長い一日
第2回 チームがひとつになったアルマトイの夜
第3回 クアラルンプールでの戦闘準備
第4回 ドーハ組、北澤豪がもたらしたもの
第5回 焦りが見え隠れしたイランの挑発行為
第6回 カズの不調と城彰二の複雑な想い
第7回 イランの奇策と岡田武史の判断
第8回 スカウティング通りのゴンゴール(11月3日掲載)
第9回 20歳の司令塔、中田英寿(11月4日掲載)
第10回 ドーハの教訓が生きたハーフタイム(11月5日掲載)
第11回 アジジのスピード、ダエイのヘッド(11月6日掲載)
第12回 最終ラインへ、山口素弘の決断(11月7日掲載)
第13回 誰もが驚いた2トップの同時交代(11月8日掲載)
第14回 絶体絶命のピンチを救ったインターセプト(11月9日掲載)
第15回 起死回生の同点ヘッド(11月10日掲載)
第16回 母を亡くした呂比須ワグナーの覚悟(11月11日掲載)
第17回 最後のカード、岡野雅行の投入(11月12日掲載)
第18回 キックオフから118分、歴史が動いた(11月13日掲載)
第19回 ジョホールバルの歓喜、それぞれの想い(11月14日掲載)
第20回 20年の時を超え、次世代へ(11月15日掲載)

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著者プロフィール

東京都生まれ。明治大学を卒業後、編集プロダクションを経て、日本スポーツ企画出版社に入社し、「週刊サッカーダイジェスト」編集部に配属。2012年からフリーランスに転身し、国内外のサッカーシーンを取材する。著書に『黄金の1年 一流Jリーガー19人が明かす分岐点』(ソル・メディア)、『残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』(講談社)、構成として岡崎慎司『未到 奇跡の一年』(KKベストセラーズ)などがある。

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