カズの不調と城彰二の複雑な想い 集中連載「ジョホールバルの真実」(6)

飯尾篤史

カズは最終予選初戦のウズベキスタン戦で4ゴールをたたき出し、健在ぶりを見せつけた 【写真:築田純/アフロスポーツ】

 注目の2トップは、カズと中山だった。2人を選んだ理由として、岡田はのちにこう説明している。
〈2トップはカズと中山。ディフェンスのときに、プレッシャーを連続してかけられること。相手のプレッシャーが激しいので、マイボールになったときにファイトできること。引いてボールを受けたときに、あっさりと取られないこと。フィジカル面で持ちこたえられること。そういった理由で2人に決めた〉(『週刊サッカーマガジン』1997年12月10日号)
 興味深いのは、決め手になったのが、勝負強さでも決定力でもなく、守備面での貢献だったという点だ。
 最終予選直前まで右膝の関節炎に悩まされていたカズは、初戦のウズベキスタン戦で4ゴールをたたき出し、健在ぶりを見せつけた。この活躍に、アジアサッカー連盟発行の機関誌は表紙に「キング・カズ」との見出しを掲げ、日本のエースをたたえた。
 ところが、ここからカズは、ぱったりとゴールから見放される。
 きっかけは第3戦の韓国戦だった。シャツをひっぱり、上からのしかかってでも潰そうとするチェ・ヨンイルのファウルまがいのマークに、カズは苦しめられた。そして、競り合いの際に相手の膝を尾てい骨に受け、ひどいケガを負ったのだ。

 韓国戦を終えた夜、チームドクターに呼び出された並木磨去光は、カズの元に駆け付けた。カズの臀部は骨折こそしていないものの、真っ赤に腫れ上がっていた。
「とてもじゃないけれど6日後に試合なんてできないんじゃないか、というほどひどい状態でした」
 それでもカズは第4戦のカザフスタン戦にフル出場を果たす。だが、当然のことながら動きは重く、それ以降の試合でもゴールネットを揺らせないでいた。
 もっとも、並木の目には、ケガの前からカズが本調子ではないように映っていた。
「僕の印象ですけれど、筋肉が付き過ぎて動きにキレがないように見えた。筋肉のせいで関節の動きが悪くなっていたと思うんです。それで瞬間的なスピードが出なくなっていたところで、お尻も痛めてしまった。お尻が痛いと、背中をまっすぐに保てなくなる。そうすると腰が曲がってきて、今度は腿に負担がかかる。それが、余計にスピードが落ちる原因になってしまったんじゃないかと」

 だが、加茂周も、岡田も、カズをスタメンで起用し続けた。
 そんな状況に、城は複雑な想いを抱いていた。
「カズさんの調子は明らかに悪かったけれど、自分はすごくコンディションが良かったから、結果を残す自信があった。それであるとき我慢できなくなって、メディアに『なんで、俺を使ってくれないのか!』と不満をぶちまけた。でも、一方で、カズさんならきっと結果を出すだろう、という気持ちもあって……」
 試合に出られない悔しさやストレスを抱え込む一方で、カズへの尊敬の念が薄れることはなかった。
「自分が初めて日本代表に選ばれた94年の合宿でカズさんと同部屋になって以来、ずっとかわいがってもらってきたし、本当にスターだな、って憧れてきた。だからこそ、あの最終予選では動けないカズさんがもどかしかったし、ファンみたいな気持ちでカズさんの復活を期待している自分もいたんです」
 カズが出場停止だったカザフスタン戦では、中山とともに、カズの11番のユニホームを下に着込んでプレーしていた。
「今思えば、欲がなかったですね。この予選の最中にカズさんを超えてやる、という野心がなかった。そういう気持ちがあったら、もっと違ったのかもしれないけれど」
 当時、城は22歳だった。のちにカズからエースの座を引き継ぎ、そのプレッシャーに苛まれることになる男は、複雑な感情を抱きながら、イラン戦を迎えていた。

<第7回に続く>

集中連載「ジョホールバルの真実」

第1回 戦士たちの休息、参謀の長い一日
第2回 チームがひとつになったアルマトイの夜
第3回 クアラルンプールでの戦闘準備
第4回 ドーハ組、北澤豪がもたらしたもの
第5回 焦りが見え隠れしたイランの挑発行為
第6回 カズの不調と城彰二の複雑な想い
第7回 イランの奇策と岡田武史の判断(11月2日掲載)
第8回 スカウティング通りのゴンゴール(11月3日掲載)
第9回 20歳の司令塔、中田英寿(11月4日掲載)
第10回 ドーハの教訓が生きたハーフタイム(11月5日掲載)
第11回 アジジのスピード、ダエイのヘッド(11月6日掲載)
第12回 最終ラインへ、山口素弘の決断(11月7日掲載)
第13回 誰もが驚いた2トップの同時交代(11月8日掲載)
第14回 絶体絶命のピンチを救ったインターセプト(11月9日掲載)
第15回 起死回生の同点ヘッド(11月10日掲載)
第16回 母を亡くした呂比須ワグナーの覚悟(11月11日掲載)
第17回 最後のカード、岡野雅行の投入(11月12日掲載)
第18回 キックオフから118分、歴史が動いた(11月13日掲載)
第19回 ジョホールバルの歓喜、それぞれの想い(11月14日掲載)
第20回 20年の時を超え、次世代へ(11月15日掲載)

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著者プロフィール

東京都生まれ。明治大学を卒業後、編集プロダクションを経て、日本スポーツ企画出版社に入社し、「週刊サッカーダイジェスト」編集部に配属。2012年からフリーランスに転身し、国内外のサッカーシーンを取材する。著書に『黄金の1年 一流Jリーガー19人が明かす分岐点』(ソル・メディア)、『残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』(講談社)、構成として岡崎慎司『未到 奇跡の一年』(KKベストセラーズ)などがある。

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