オーストラリアの失速を招いた新システム つなぐサッカーに固執、評価が揺らぐ名将

植松久隆

つなぐことに固執して自滅

日本戦でもつなぐこと固執。中盤で激しいプレッシャーを受けミスを連発した 【写真:ロイター/アフロ】

 そして迎えた8月31日、埼玉スタジアムでの日豪戦。この試合は、オーストラリアにとって「負けなければいい」試合だったが、司令塔のアーロン・ムーイは体調不良で急な欠場、エースFWトミ・ユリッチの先発回避もあって当初のゲームプランは、大きく狂った。それらの内的要因よりも何よりも、日本がしっかりとオーストラリアを研究していた。出だしから井手口陽介、山口蛍が中盤で激しいプレッシャーを掛けてくる。たまらずボールを外に流すと、そこでもスペインで守備に磨きを掛けた乾貴士や浅野拓磨が牙を向く。焦ってボールの出しどころがなくなると、即席ペアのダブル・ボランチ、ジャクソン・アーバインとマッシモ・ルオンゴがイージーミスで自滅した。

 浮足立つオーストラリアの間隙(かんげき)を縫って、日本が技ありの先制。追う立場になってからも、サッカルーズはつなぐことに固執。ユリッチを投入、さらには日本の天敵ティム・ケーヒルを送り込み2枚のFWを前線に並べても日本の嫌がるフィジカル勝負に出ることはなかった。これには日本のメディアも相当驚いたようだが、ポステコグルー監督がブリスベン・ロアー時代にGKにゴールキックを長く蹴らせないくらいつなぐことにこだわることを知る筆者ですらも、さすがに驚いた。点が欲しい状況で点が取れそうな相手の嫌がる策を講じない戦い方に終始した結果の自滅。井手口の値千金の追加点を与えた時点で、手負いのサッカルーズに反撃の術は残っていなかった。

 試合後のポステコグルー監督は、「われわれのプレーは、基本的にフィールドをコントロールするやり方。ポゼッションはできたが、それが効果的でなかった。サイドチェンジでピッチが速すぎて、中央でボールを抑えることができなかった」と憔悴(しょうすい)しながら振り返るのが精いっぱいだった。

 日豪戦の蹉跌(さてつ)からわずか5日後に行われたタイ戦。ここでも、サッカルーズは同じスタイルに固執する。ボールを保持するときのプレッシャーのレベルと質が日本のそれとは比較にならないことで、試合の途中ではポゼッションが8割を大きく超すほど圧倒的にゲームを支配した。それでもゴールがどうしようもないほどに遠い。打ちに打ったりの45本のシュートでわずかに2得点と、この試合では選手たちがシュートを外して点を仰ぐシーンばかりが目立った。

このまま理想のスタイルに固執するようだと……

評価が揺らぎ始めたポステコグルー監督は、プレーオフでどんなサッカーを見せるのか 【Getty Images】

 かくして、失速で自力通過の芽を自ら摘んだオーストラリアは、残り1カ月を切ったシリアとのプレーオフに向けた準備に注力している。タイ戦の辛勝の前後から、当地のメディアやソーシャルメディア上では、これまでそれほど多くみられなかったポステコグルー監督への批判が目立ち始めた。著名なフットボール・コメンテーターで元代表選手のボビー・スレイターが事実上の解任要求を突きつけるなど、オーストラリア・サッカーを変えた「名将」への評価も明らかに揺らぎ始めている。

 それでも、筆者のポステコグルー監督への信頼は変わらない。ただ、自分たちのスタイルを追い求めるあまりに自分たちの強みをも忌避するようでは今後の苦戦は免れない。「理想のサッカー」と「勝つためのサッカー」が必ずしもイコールとはならないことに、彼ほどの指導者が気付かないはずはない。自らの理想の具現化に固執したあまり、結果的にW杯出場を逃すことがあれば、それこそ本末転倒とのそしりは免れないのだから。

 今はあと2戦、W杯最終予選の緊張感を味わえるとスーパー・ポジティブに考えつつ、来月のプレーオフの決戦を待つばかりだ。

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著者プロフィール

1974年福岡県生まれ。豪州ブリスベン在住。中高はボールをうまく足でコントロールできないなら手でというだけの理由でハンドボール部に所属。浪人で上京、草創期のJリーグや代表戦に足しげく通う。一所に落ち着けない20代を駆け抜け、30歳目前にして03年に豪州に渡る。豪州最大の邦字紙・日豪プレスで勤務、サッカー関連記事を担当。07年からはフリーランスとして活動する。日豪プレス連載の「日豪サッカー新時代」は、豪州サッカー愛好者にマニアックな支持を集め、好評を博している

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