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4試合すべて超満員の甲子園大会4日目
ぜいたくな1日で見た継投の難しさ

開始1時間半前に「満員通知」

第4日第1試合、同点アーチを放った広陵・中村。相手の継投、その代わりバナを打ち砕いた
第4日第1試合、同点アーチを放った広陵・中村。相手の継投、その代わりバナを打ち砕いた【写真は共同】

 ちょっと記憶にない。7時ころ。甲子園球場に着いたら、すでに超満員なのである。試合開始までまだ1時間あるというのに、だ。


 大会第4日は、どういうクジのいたずらか、準々決勝でもおかしくないような好カードが目白押しだ。登場する8校のうち、春夏どちらかに優勝経験があるのが6校。優勝回数をトータルすると、なんと30回にものぼる。そのうち、過去7校しかない春夏連覇の達成校が4つという豪華版だから、高校野球好きにはたまらない。しかも大会が1日順延したことで、もともと平日のはずだったのが3連休初日の「山の日」だ。前日球場をあとにするとき、すでにこの日の当日券を求める列ができていたからある程度予想はしていたが、それにしても7時で満員とは。


 聞くところによると、徹夜組も含めて早朝から長い列ができたため、予定より45分早い6時15分には外野席が、6時半にはすべての入場門が開かれた。2015年夏、1年生だった清宮幸太郎(早稲田実)フィーバーのときも、阪神電車の梅田駅は異様な混雑ぶりだったが、この日の梅田駅は7時前の時点で「入場券はすべて売り切れています」とアナウンス。6時半には今大会初めての「満員通知」が出されたため、阪神電鉄全駅では、改札に札をかかげ、電光掲示板の掲示で球場の満員を知らせた。試合開始の1時間半前に満員通知を出すのは、きわめて異例なことだという。


 早朝、4万7000人で埋まった甲子園のスタンド。ドローンで上空から撮影すれば、白を基調としたおびただしいドットは、さながらジョルジュ・スーラの点描画か。午前8時1分。第1試合、広陵(広島)対中京大中京(愛知)のサイレンが鳴り、ぜいたくな1日が始まった。

継投策に「試合も動くかも」

 それにしても……継投は難しい。「難しいからこそ、1イニングしか投げない抑え投手が何億円も稼ぐんです」とは、かつて聞いたプロ野球の監督の話だが、絶対的エースの先発完投から複数投手の継投が主流になりつつある高校野球も、例外じゃない。場面は第1試合、中京大中京が2対0とリードの6回、広陵の攻撃。中京の先発・磯村峻平が代打・佐藤勇治を三振に打ち取ったところで、中京ベンチが動いた。香村篤史へのリレーだ。


「試合も動くかもしれんね」


 記者席で、あるベテラン記者がささやく。


「リードしているほうが『あれ?』というような投手交代を見せたとき、往々にして流れが変わるものです」


 確かに早めの継投は、投手層の厚い中京大中京にとって地方大会での勝ちパターン。だとしても、そこまで3安打無失点と好投していた磯村の交代は思い切りがよすぎるのではないか。案の定というべきか、その香村の代わりバナだ。中村奨成が右中間にアーチをかけると、広陵がこの回3得点で逆転。“試合が動く”と、そこからは終始広陵がペースをつかんだ。7回には佐藤、8回には中村のこの日2本目のホームランで加点し、終わってみれば10対6。伝統校同士の対戦は、広陵が制することになる。


 中京大中京・高橋源一郎監督は、継投についてこう明かした。


「広陵打線は初回から振りがシャープで、香村はいつでも継投できるよう、初回からしっかり肩をつくっていました。磯村は無失点できていたとはいえ、5回あたりから球威が落ちていましたし、それはキャッチャーの鈴木(遼太郎)とも意見が一致した。そして6回の磯村は、代打の佐藤君に長打性の大ファウルを打たれています。そこで迎えるのが、好打者の中村君。広陵打線の中心で、彼が打つと勢いづく。だから香村への交代で、なんとしても中村君を抑えたかったんです」


 なるほど、投手交代という数式に代入すれば合理性はある。ただ、高校日本代表の1次候補でもある広陵・中村は、「バットをしならせて打つことができる。高校生では、そうはいません」(中井哲之監督)という好打者だ。「(香村は)まっすぐ中心の投手なので、狙っていた」(中村)という142キロを完璧にとらえた。中京には裏目に出た格好だが、「継投は、監督の問題」と高橋監督がいうように、そこは勝負。どう転ぶか、数式どおりとは限らない。


 不思議なことに甲子園では、第1試合の展開がその日の試合傾向を左右することがある。活発な打撃戦で始まった1日は、続く3試合も派手な点の取り合い。取材者の立場からは4試合ともやや大味に感じたが、スコアボードに点が加わるたび、大観衆は沸きに沸いた。


 観客数は、4試合すべて4万7000。


 こんなぜいたくな1日も、ちょっと記憶にない。

楊順行
楊順行
1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。高校野球の春夏の甲子園取材は、2016年春で50回を数える。