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開幕戦を制した彦根東のブレイクスルー
野球IQが生きた9回のサヨナラ劇

学校創立は1876年の伝統校

公立校同士の一戦となった2017年夏の甲子園の開幕戦。彦根東が波佐見に9回サヨナラ勝ちで、春夏通じて甲子園初勝利を挙げた
公立校同士の一戦となった2017年夏の甲子園の開幕戦。彦根東が波佐見に9回サヨナラ勝ちで、春夏通じて甲子園初勝利を挙げた【写真は共同】

「赤鬼魂」にちなみ、真っ赤に染まった一塁側アルプススタンドが大歓声に包まれた。彦根東(滋賀)が同点に追いついた9回裏、なおも2死一、二塁。4番・岩本道徳が村川竜也の初球、ストレートをたたくと、打球はライト前へ。二塁走者の原晟也が、痛めている足を必死に回転させホームに向かう。タッチをかいくぐり、間一髪セーフ――彦根東が逆転サヨナラで、2017年夏の開幕試合を制した。


 公立高校が8チームと、史上最少となった今大会。奇しくも、開幕試合がその少ない公立同士の対戦となった。滋賀県立彦根東と、長崎県立波佐見。学校創立は1876年の彦根東は、藩校の流れを汲む伝統校で、校舎は国宝・彦根城の敷地内にある。彦根城主は、赤い武具で「井伊の赤備え」と恐れられた井伊家。赤鬼魂は、それを受け継ぐ校風を示している。


 ブレイクスルー。「突破、打開、前進」が、彦根東のテーマだ。旧チームのメンバーも多く残り、もともと力はある。だが昨秋は、八幡商に初戦負け。「だから、冬は死にものぐるいで練習しました」(高村真湖人左翼手)。その成果が、春の滋賀県大会優勝だ。さらに近畿大会では伝統校の龍谷大平安(京都)を破り、センバツ優勝の大阪桐蔭には惜敗も、8回終了までは3対2とリードする健闘を見せた。


 迎えた夏。ひとつの山はまず3回戦、センバツ出場の滋賀学園戦だった。ここを2年生左腕・増居翔太が2失点で完投すると、準々決勝では昨秋に敗れた八幡商にコールドで雪辱する。そして準決勝は水口に逆転勝ち、決勝はまたも増居の完投で近江に快勝した。13年夏の初出場にあこがれて入部したメンバーが多いが、その13年夏以降の公式戦では、水口には1勝2敗、近江に3戦全敗となかなか勝てていなかった。それが「近畿大会で、力が上の相手との戦い方がわかった」とは高村で、2度目の夏出場は分の悪い相手に「ブレイクスルー」を果たした結果だ。

赤Tシャツで埋めたアルプスが後押し

 そして、最大のブレイクスルーはむろん、過去春3回、夏1回の甲子園でいまだ果たしていない1勝の壁を突破することだ。


 台風5号の影響で、1日延びた開幕。これも台風による大雨の影響で、彦根市周辺には避難勧告も出、彦根東は応援団の到着が危ぶまれた。だが、アルプス席が赤いTシャツで「赤備え」した大応援団でぎっしりと埋まった試合は、序盤から動いた。1対2と1点を追う彦根東は3回裏、敵失からつかんだ2死一、三塁のチャンスに、6番・吉本孝祐が左翼ポール際に逆転の3ラン。これが公式戦1号目の吉本は、「こういう大舞台で打てたのは、大声援のおかげです」。


 それにしても、彦根東打線は力強い。県立の普通校、しかも国宝の敷地内とあって、練習環境には決して恵まれていない。満足にできない打撃練習は、週に2、3回、近隣の室内練習場を借りて補ってきた。実戦感覚を研ぎ澄ます対外試合は、年間約130試合にものぼる。県内きっての進学校とあって、豊富な試合経験は野球IQを高めてもきた。それが生きたのが、9回だった。

野球IQが生きた9回のサヨナラ劇

 中盤に逆転され、4対5。だが、「相手が先行逃げ切りなら、僕たちは終盤勝負」という主将の松井拓真が代打で登場し、ヒットで出ると、バント、ヒットで1死一、三塁。続く朝日晴人の3球目に、動いた。原晟がスタートを切り、朝日が三塁前に叩きつけて三走が還り、同点だ。一塁走者とのヒットエンドラン? 三走はゴロゴー? そうたずねると、朝日は言う。


「盗塁のサインで、ストライクなら打つ。一走が走れば併殺はありませんし、転がせば確実に1点は入る。もちろん、スクイズのサインもあり得ますし、普段から一、三塁を想定してみっちり練習しているパターンです」

 延長になってもいいくらいのゆとりで守ろう……波佐見・得永健監督はそう伝令を出したが、注文通りの内野ゴロながら、併殺を取れなかったのは誤算かもしれない。そして仕上げは、「フォアボールのあとだったので、初球に甘くくると思っていました」と狙いすました岩本のサヨナラ打――。


「今日の1勝は、ブレイクスルーの価値があると思います」と村中隆之監督が評価する、彦根東の甲子園初勝利。160球を投じながら、「クレバーな投球。こっちが思ってもいないところに投げますし、打者への観察眼が鋭い」(松林基之部長)と、要所で相手中軸を抑えた増居がまた投げるとすれば、次の青森山田戦は中5日と休養十分。ビジネスの世界の話だが、ブレイクスルーの先には往々にして、大きな成果が待っているものだ。

楊順行
楊順行

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。高校野球の春夏の甲子園取材は、2019年夏で57回を数える。

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