三原舞依「いつかノクターンを滑りたい」 憧れの浅田真央、飛躍した1年を語る
「浅田選手と同じプログラムで滑れたら」
いつか滑ってみたいのは『ノクターン』。今年4月に引退した浅田真央さんの代表的なプログラムだ 【坂本清】
ショートはできたんですけど、フリーはまだ曲を絞っている途中です。ショートは今季とは全く違った新しい私を見せられるようなプログラムを用意しているので、少しでも見てくださっている方々に「舞依ちゃん、変わったね」と思われるような演技をしたいと思います。曲名は……まだ言えないです。お楽しみということで。シーズンが始まるちょっと前のアイスショーで滑ろうと思っているので、お披露目までにしっかり仕上げられるように頑張っていきたいです。
――どういったプログラムになるのかヒントだけでも……(笑)。
今季の滑らかな『シンデレラ』(フリーのプログラム)の表現とは違ったメリハリのある曲を使っています。手の動かし方がすごく大事な曲なので、大人っぽさも出したいんですけど、それは濃くし過ぎず、少し成長した自分を見てもらえるように、顔の表情なんかも工夫したいと思います。
――来季に向けて挑戦したいことはありますか?
ジャンプの挑戦はしてみたいんですけど、シニアで戦ってみて表現面でトップの選手とすごく差があるなと感じたんですね。メリハリのある緩急をつけたプログラムを滑れるようになりたいですし、スピンでも回転の速さやポジションの美しさを間近で見て感じたので、そういうところも工夫していきたいです。
――ご自身のものでも、他の選手のものでもいいのですが、一番お気に入りのプログラムを教えてください。
ソチ五輪のフリーで浅田選手が滑ったラフマニノフの『ピアノ協奏曲第2番』です。
――なるほど。それでは今後滑ってみたい曲はありますか?
いつか『ノクターン』を滑ってみたいなと思います。浅田選手が15歳から16歳のときにかけて滑っていたんですけど、ソチ五輪のシーズンに再びショートで使って、昔とは違う浅田選手の姿を見ることができました。浅田選手のように滑りたいなと思ってスケートを始めた私としては、そのきっかけを与えてくださった浅田選手と同じプログラムで、将来的に滑ることができたらいいなと思います。
3年前は五輪を「想像できなかった」
3年前は想像さえしていなかった五輪。しかし、小さいころからの夢であった舞台は、手の届くところまで近づいている 【坂本清】
ひたすら負けず嫌いです。 周りからは「おっとりしている」とか「ずっと集中している」とか言われるんですけど、そこまで真面目でもないですし、天才でもないので、トップの皆さんに追いつくにはもっともっと努力が必要だと思っています。
――スケーターとしてやっていける自信がついた出来事は過去にありましたか?
スケートを始めてから1年くらいたった9歳のときに、初めてシングルアクセルを跳べたんですね。そのときにグレアム(充子)先生から「あなたの足はトリプルルッツまで跳べる足だと思うよ」と言われたのがすごくうれしくて、早くルッツまで跳びたいと思えるようになったことが昔の思い出としてあります。スケーターとしてやっていけるかというよりも、スケートが好きでやっていて楽しいという思いがあって、その楽しさでずっと続けてきたという感じです。
――そんな三原選手が来季は平昌五輪出場を目指します。前回のソチ五輪時は14歳でしたが、当時は今の自分を想像できていましたか?
想像できていなかったです。 昔からテレビで五輪やGPシリーズをずっと見ていましたが、テレビで見ている夢のような舞台に自分が立っていることが今でも信じられないです。当時は、憧れの選手と一緒に日本の代表選手に選んでもらって、大きな大会に出ることなんて想像もしていなかったと思うので、3年前の自分に「今はこうなっているよ」と伝えてあげたいですね。
――五輪はご自身のキャリアにおいてどういう位置づけになりますか?
小さい頃からの夢であって、それが目の前に来ているので、しっかり自分でつかみ取れるように頑張りたいと思います。五輪は4年に1回しかなくて特別なんですけど、特別と思い過ぎると緊張してしまうと思うので、 1つの大会として大切にしていきたいです。
(取材・文:大橋護良/スポーツナビ)