2006年 オシムがJに遺したもの<前編> シリーズ 証言でつづる「Jリーグ25周年」

宇都宮徹壱

ナビスコ優勝の日、千葉の「その後」を予期していた?

現在、愛媛FCの監督を務める間瀬はGMの祖母井から連絡を受け、グラーツでオシム一家と会食。その後、千葉の通訳として採用される 【宇都宮徹壱】

 現在、愛媛FCの監督を務める間瀬は、かつてはメキシコやエルサルバドル、クロアチアなどでプレーした経験を持つ。現役引退後、ザグレブでクロアチア語の語学学校に通っていた間瀬は「Jクラブの通訳もいいな」と考え、旧ユーゴ出身選手がプレーしたクラブに片っ端から履歴書を送った。リアクションがあったのは千葉のみ。突然、GMの祖母井から「次期監督のオシムさんが通訳を探している。自宅のある(オーストリアの)グラーツに来てほしい」との連絡を受けた。実はこの時点で間瀬は、オシムのことをよく知らなかったという。それでもチャンスと思い、ザグレブからグラーツに向かうバスに飛び乗った。

「僕と祖母井さん、そしてオシムさん一家と会食しました。ただ、僕はその席ではオシムさんとは一言もしゃべっていなくて、年齢が近い次男のセリミルと他愛もない話をしていました。これは後から知ったんですが、僕がトイレに立っている間にオシムさんがセリミルに『あいつ、どうだ?』と聞いて判断したそうです。それから数日後、僕がクロアチアに戻って現地のスポーツ紙を買ったら『オシムが日本のクラブの監督に就任』と大きく取り上げられていたんですよ。しかもオシムさんはパナシナイコス(ギリシャ)の監督をしていた時に通訳との信頼関係がうまくいかなかったようで、『日本ではそういうことがあってはならない』なんてコメントも載っていて。これ、明らかに僕へのメッセージですよね(笑)」

 オシムがジェフ市原(当時)の監督に就任したのは03年。当時、多くの日本のファンは「また欧州から新しい監督を呼んできた」くらいの認識でしかなかっただろう。その後のクラブの躍進ぶりについては、ここではあえて触れずに、祖母井の印象的な回想のみを紹介する。

「当時は土曜にリーグ戦を戦った後、日曜も必ずトレーニングマッチをやりました。そして水曜か木曜も。(年間)130から140試合はやりました。現場は対戦相手を探してくるのが大変でした。しかも、相手が若い大学生でも、オシムさんが監督になってからはこっちのほうが走力は上なので、向こうのマークが追いつかない。簡単に10点くらい入るわけですよ。そうすると『弱いチームを連れてくるな!』と、僕がオシムさんに怒られる(苦笑)。大差で勝つと、それが選手の心の緩みを生むことを危惧したんでしょうね。ですから、前半で4〜5点入るとオシムさんから『こっちは8人でもいいか聞いてみてくれ』と頼まれました。いつも汗をかく状態を作り出していましたね」

監督就任から約2年半後の05年、千葉はクラブとして初タイトルとなるナビスコカップ優勝を達成 【(C)J.LEAGUE PHOTOS】

 そして05年には、クラブとして初のタイトルとなるナビスコカップ優勝を達成。優勝セレモニーの時、国立競技場の空を見上げながら、一瞬だけ涙ぐむオシムの姿を間瀬は記憶している。ただし、その後は余韻に浸ることなく、リーグの終盤戦に向けて気持ちを切り替えていた。しかし間瀬は「これは憶測ですが」と前置きした上で、当時のオシムの心境をこのように分析する。

「今後、ジェフというクラブがどうなっていくのか、オシムさんにはあの時点で見えていたのかもしれませんね。現状の予算や戦力で、リーグ戦も制覇することができるのか。そのためには何年かかるのか。あるいは自分がジェフを離れたら──ということも考えていたと思います。僕も監督となった今だから分かるんです。日本代表監督になることを、どれだけリアルに考えていたかは知りません。でも自分がここを離れたら、いずれクラブが低迷することも、実は見えていたんじゃないでしょうか。だってオシムさんと同等以上の監督って、なかなかいないですから」

<後編は3月31日掲載予定。文中敬称略>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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