福井工大福井は常勝軍団へ道半ば 受け継がれる中田翔、森友哉の指導法
福井に来て5年、環境にようやく慣れる
田中コーチが「異質」と話す、埼玉西武・森(写真は大阪桐蔭時代) 【写真は共同】
大阪桐蔭と福井工大福井の一番の違いは部員の多さだ。3学年がそろっても大阪桐蔭はだいたい60人から70人だが、福井工大福井は120人を超える。人数が多いため、就任1年目はどうしても練習時間が長くなりがちだった。加えて、冬の時期は日本海特有の悪天候に悩まされる。この時期は太陽が顔を出す日はほとんどなく、天気予報とにらめっこしながら練習時間の設定に頭を抱える毎日だ。
「最初の頃は(大須賀康浩)監督に『福井のことをまだ分かってない』ってよく言われました(笑)。晴れていても急に雨が降り出すし、霜が降りて、溶けるとグラウンドがぐちゃぐちゃで使えなかったり……。もう5年になって、ようやく慣れてきたところですね」
今は桐蔭コーチ就任時とよく似た状況
「あの時は大阪でPL学園が絶対的な強さを誇っていて、厚い壁でもありました。今も県内には敦賀気比という最大のライバルがいる。あの当時の桐蔭は、どちらかというと“どうせ俺らなんて……”みたいな雰囲気があったんです。でも、努力してあそこまでなれた。それに桐蔭からは多くの選手がプロに進んでいますが、プロに行ったヤツらも能力だけでなく一生懸命練習してプロに行った。その本質をもっと伝えていけたらと思っています」
県内のみならず、近隣府県でも田中コーチの指導を受けたくて有望な選手たちが集まっているという話も聞く。大阪桐蔭で培った“技術”を北陸の地で花咲かせるために、今後も奔走の日々は続く。
「今のチームは経験値が少ないし、まだまだな部分は多いです。でも打撃が良くなったとか、少しでもそういう評価をしていただいているのは、やっていることの成果が少しでも上がっているのかもしれません。大所帯のチームですが、大所帯なりに頑張っていこうと思います」
夢はもちろん、全国制覇。県勢“初”は敦賀気比が達成したが、勝ちへのこだわりは負けていない。このセンバツから常勝軍団への道しるべを徐々に築いていくつもりだ。