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日本一に輝いた泣き虫のエース・高橋壱晟
青森山田で開花した得点力でプロの世界へ

潜在能力の発揮を妨げていた「謙虚さ」

インターハイ準決勝で負けた悔しさが、指揮官が求めてきた進化のきっかけになった
インターハイ準決勝で負けた悔しさが、指揮官が求めてきた進化のきっかけになった【平野貴也】

 高橋は主役となる力を持ち合わせながら、攻撃でも守備でも味方やチームを「助ける」プレーが多くなり、自分の力で勝たせるエースになり切れないところがあった。高校でも、謙虚さが潜在能力の発揮を妨げていた。主将の住永翔とダブルボランチを組み、バランスを取りながら住永が後ろ、高橋が前と役割を分けるスタイルは、まだ2年生だった昨季から取り組んできたものだが、当初は高橋が前に出られなかった。


 昨年の夏、黒田監督は「点を取る能力に長けている選手だから、ペナルティーエリアに入って行けと言っている。でも、失敗を恐れるタイプで、自分が前に行って後ろのバランスを崩すのを嫌がっている。壱晟が後ろに残ったらチームにとって最悪。アイツが前に行けば、相手は守備を意識するし、こっちがケアすべき選手も減る。攻撃は最大の防御なんだから」と頭を悩ませていた。


 しかし、黒田監督は息子の凱とずっとチームメートだった高橋の能力も性格も、すべてお見通しだった。得意の足元ばかりでなく、長身を生かしたヘディングも強化させ「今のままではゴール前で戦えない。点を取れ、殻を破れ」と攻撃面においても、チームをけん引するよう要求。さらに「メンタルが弱くて、泣き虫だから」と性格面の優しさ、謙虚さが弱みになっている部分を指摘して奮起を促した。


 昨夏の全国高校総体(インターハイ)準決勝で負けた悔しさが、指揮官が求めてきた進化のきっかけとなった。高橋は「ゴールへの意識はすごく強まった。意識して変えてきたところ。(選手権の)前回大会で点を取り始めて、自分のスタイルがやっと分かってきた。それが最後の大会で出て良かったと思います」と得点力向上の軌跡を振り返った。

派手さに欠ける歩みの中で磨いた得点力

選手権での5試合連続ゴールと日本一の経験は、苦しい場面で自信を取り戻す力となるはずだ
選手権での5試合連続ゴールと日本一の経験は、苦しい場面で自信を取り戻す力となるはずだ【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 通算4得点を挙げた前回大会は、プレースタイルだけでなく高橋の人生も変えた。ジェフ千葉のスカウトを担当した稲垣雄也氏は、元々ボランチとして高い評価をしていたが、その評価が確信に変わったという。「最初はバランサータイプだと思っていたけれど、2年の時の選手権を見て、あの攻撃力があるなら、守備がさらにしっかりすれば、センターラインの中心選手になれると思った」と高評価。高橋はプロからオファーを受ける立場になった。


 ところが、また筋金入りの謙虚さが顔を出した。自分に自信がなく、大学進学を含めて進路決定を悩んだのだ。現役プロ選手と話をする機会を設けることで、クラブで活躍する未来を頭に描いてほしいと考えたクラブスタッフは、パラグアイ人MFエドゥアルド・アランダに、その役を任せた。すると、アランダは1時間以上にわたってプロに必要な心構えを説明した。真面目で謙虚な向上心を持つ高橋の素質を認め、一緒にやろうと熱弁を振るった。高橋は感激のあまり泣いてしまったという。優しくて謙虚な高橋らしいエピソードだ。


 能力がありながら、自分の可能性を自分では信じ切れず、認めてくれる周囲の人々に先導される。それでも、かたくなに謙虚に歩を進め、少しずつ進化していく。派手さに欠ける歩みの中で磨かれた高橋の得点力は、素質と性格をよく知る黒田監督の下、青森山田高校で開花させた才能だ。


 高橋は春から千葉でプロとしてのキャリアをスタートさせる。プロの世界で戦っていくには、優し過ぎるという声もある。しかし、高橋は高校の3年間で、殻を破る挑戦の意味と価値を知った。チームを支えるだけでなく、引っ張らなくては勝っていけないことも知った。自己改革なくては成し得なかった5試合連続ゴールと日本一の経験は、これから先の苦しい場面で、自信を取り戻す力となるはずだ。

平野貴也
平野貴也

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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