決勝で明らかになった「Jクラブの多様性」 天皇杯漫遊記2016 鹿島対川崎

宇都宮徹壱

川崎にとって未体験ゾーンだった延長戦決勝

川崎にとって、決勝での延長戦は未体験ゾーンだった 【写真:アフロスポーツ】

 延長戦に入るまでのインターバル、鹿島と川崎の様子を双眼鏡で確認する。川崎のベンチでは、試合に出ていた選手のほとんどがピッチ上に横たわり、スタッフから入念にマッサージを受けていた。これに対して鹿島は、寝そべってマッサージを受けているのは永木亮太のみ。他の選手たちは、すっくと立ったまま戦術の確認をしている。その表情は「まだまだ戦える」というエネルギーが充実していた。90分の戦いを終えて、疲弊し切っている川崎の選手たちとは、明らかに対照的である。

 この差は、いったい何に起因するのであろうか。ひとつ考えられるのは、経験値の差である。川崎にとって、カップ戦ファイナルでの延長戦は、まさに未体験ゾーン(過去3回のナビスコカップ決勝は、いずれも90分で敗れている)。対する鹿島は、ナビスコカップで3回、天皇杯で2回、それぞれ決勝での延長戦の経験がある。そして何より、つい先月にはクラブW杯の決勝で、レアル・マドリーを相手に延長戦を戦っているのだ。実際、石井正忠監督も「クラブW杯の決勝で120分戦った経験が、ここで生きたと思います」と明言している。結果として2−4で敗れたものの、そこで力尽きてしまったことへの悔悟と反省が、天皇杯決勝の延長戦で生かされたのは間違いないだろう。

 延長前半、鹿島で最も躍動していたのが、3人目の交代選手として後半43分に投入されたファブリシオである(OUTは小笠原)。3分、後方からの山なりのパスを受けて放ったループ気味のシュートは、エドゥアルドの間一髪のクリアに阻まれた。しかしその1分後、右CKからのチャンスからボールが流れ、ゴール前で西が相手のスライディングでシュートし損ねたところを、ファブリシオが思い切り右足を振り抜く。弾道は一直線でゴール右上に突き刺さり、これが鹿島の勝ち越しゴールとなった。余談ながら、この延長前半の15分で鹿島は5本のシュートを記録(120分トータルでのシュート数は14本)。そのうち4本がファブリシオで、いずれも枠内だった。

 対する川崎は、90分間で温存していた2枚のカードを、延長戦で一気に放出する(延長前半8分に田坂祐介OUT/森谷賢太郎IN、延長後半開始時に大島OUT/森本貴幸IN)。より攻撃的にシフトチェンジした相手に対して、鹿島はいつもの老かいな戦術で対抗。人数をかけて相手のシュートコースをふさぎ、激しい寄せでシュートの精度を狂わせ、そして前掛かりの相手にカウンターを仕掛けながら時間を消費させてゆく。こうなると、もはや川崎に勝ち目はない。ファイナルスコア2−1。鹿島が5回目の天皇杯優勝と2016シーズンの2冠、そして通算19回目のタイトル獲得を実現させた。

鹿島と川崎との「彼我の差」は何に起因するのか?

延長戦を制した鹿島が今季の2冠を達成。主将の小笠原(左端)に促されて石井監督がカップを掲げた 【宇都宮徹壱】

 終わってみれば、大方の予想通りの結果。とはいえ、単に「強い鹿島が優勝した」という一言では済まされない、非常に興味深いファイナルであった。もちろん川崎も、果敢に戦った。そして知力と体力と能力を振り絞って、最後まで諦めることなく鹿島に挑んでいった。しかしながら、どうにも埋めがたい「彼我の差」が、両者の間には横たわっていたように思えてならない。それは、試合後の両監督のコメントからも感じ取ることができる。

「今日は選手が最後まで勝ちたい気持ちを出してくれていました。実際、チャンスは多く作れましたし、われわれのサッカーを見せられたと思います。結果だけは残念ですが、次につながると思いますし、選手たちの成長を見ることができました」(川崎・風間監督)

「この歴史ある天皇杯で、6年ぶり5回目の優勝ができて良かった。CSからクラブW杯、そして天皇杯。1カ月ちょっとで10試合をしてきましたが、クラブW杯決勝でレアルに敗れて、悔しい思いをしたなか、この天皇杯を取ることが2016シーズンの締めくくりだと思っていました。その試合を、しっかり勝ち切れて良かったと思います」(鹿島・石井監督)

 事実として述べるなら、風間監督は4年半の任期のうちにタイトルを1つも獲得することがかなわなかった。それに対して石井監督は、15年7月の就任以来、わずか1年半の間に、ナビスコカップ、CS、そして天皇杯と3冠を制している。もちろん、風間監督が川崎というクラブで残してきたもの──独自の攻撃的なスタイル、若い選手の成長、見ていて楽しいサッカー、といったものを否定するつもりは毛頭ない。が、クラブが渇望して止まないタイトルに、結局は手が届かなかったのは紛れもない事実である。

 19冠を達成した鹿島と、またしても「永遠の二番手」で終わってしまった川崎。とはいえ、たとえ監督の立場が入れ替わったとしても、石井監督が川崎でいくつもタイトルをもたらすとは思えないし、風間監督が鹿島で4年半の任期を保つのも難しかっただろう。鹿島と川崎のコントラストは、ただ監督の手腕に帰するのではなく、両クラブが培ってきたフィロソフィーやカルチャーに解を求めるべきである。

 もちろんどのクラブも、タイトルを手にするために努力も投資もしている。ただし鹿島は、どのクラブよりもタイトルへのこだわりが強烈に強かった。それに対して川崎は、タイトル以外にも大切にしているものがあったのである。それに付言するなら、すべてのクラブが鹿島を目指す必要もないし、川崎のような「楽しさ」を追求するクラブがあってもいい。Jリーグが誕生して今年で四半世紀。2017年元日の天皇杯決勝は、ただ「鹿島の強さ」のみならず、クラブ間の多様性がより明確化していることを示したという意味でも、記憶に残る一戦となった。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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