五輪の魔物は「味方につければいい」 進化する16歳・伊藤美誠のメンタリティー

高樹ミナ

五輪直前に見た悪夢

女子団体の初戦に臨む伊藤。「集中できたのは周りのサポートがあったから」と振り返る 【写真:Enrico Calderoni/アフロスポーツ】

――メンタルが強いと評判ですが、五輪ではさすがにプレッシャーを感じたのではありませんか?

 自覚は全くなかったんですけど、五輪前にものすごい怖い夢を見ました。私が暗証番号を書いた紙みたいなものを抱えていて、その後ろから全身黒ずくめの人が何人かで追いかけてくるんです。その中に飛び抜けて足の速い人がいて、私は必死で逃げるんですけど、捕まりそうになったところでパッと目が覚めて。その時、呼吸が本当にハァハァして汗だくでした。そんな夢、見たことなかったので「何、これ?」って、かなり怖かったです。あれがプレッシャーから来たものなのかは分かりませんが、今思えば五輪前は追われるような心理状態だったかもしれません。

――心当たりはありますか?

 リオ五輪前年の9月に代表入りが内定して、そこからは試合の連続で体力を消耗しました。女子は中国を除くランキング上位国の力が拮抗している中、日本はリオ五輪でなるべく最後まで中国と当たらないよう第2シードを獲得する作戦だったので、ポイントを稼ぐために、できるだけ多くの試合に出場していたのです。本当にギリギリだったんですよ。最後はシンガポールをわずか4ポイント差(、またドイツを2ポイント差)で上回り、第2シードを獲得できましたけど、体力的にも精神的にも追い込まれていました。

――どう乗り切ったのですか?

 一人で乗り切るのは無理だったと思います。五輪直前の大会では6月のジャパンOPで2回戦負け、同月の韓国OPで1回戦負けと、全く成績を出せていなくて、そういう調子が沈んだ時でもリオ五輪に集中できたのは周りのサポートがあったからです。普段の担当に関係なく、五輪の現場ではいろいろな方がサポートして下さいました。リザーブだった(平野)美宇ちゃんも練習相手になってくれて。一番大変だったのは美宇ちゃんだったと思います。リオまで行って試合に出られない悔しさもあったでしょうし。でも、その悔しさが「自分も東京五輪には出たい」という気持ちになって、それが今ものすごく爆発していますよね。人って、そういう経験をして強くなるんだなと思いましたし、自分も東京五輪には二人で一緒に出たいという思いが強くなりました。

――平野選手はどんな存在でしょう?

 美宇ちゃんとは付き合いが長く、5歳からダブルスを組んでいます。お互い切磋琢磨(せっさたくま)してきた仲なので、美宇ちゃんがいなければ自分はここまで来られなかったし、美宇ちゃんもそう思っていると思います。自分の競技力を上げてくれるライバルでもあるし、仲のいい大親友として素でいられる相手。でも美宇ちゃん、攻撃的なプレーがどんどんうまくなっていて、「私も負けられない」とも思います。

2020年東京五輪で日本初の金メダルを

リオにいても日本からの声援は「聞こえる」。豊かな感性が、伊藤の力をさらに強くする 【スポーツナビ】

――リオ五輪を機にファンがさらに増えましたね。

 熱心に応援して下さるファンの皆さんの思いは、私の大きな力になっています。リオ五輪の時もそうでしたが、たとえ姿は見えなくても、日本で鳴り響く拍手の音は想像すればちゃんと聞こえるんです。試合で勝つのは自分のため、チームのためではあるけど、それだけじゃない。やはりファンの皆さんや日本代表に入りたくても入れなかった大勢の選手のためにも、頑張らなくてはいけません。特に私の学年は選手層が本当に厚いので、競争はいつもし烈です。でも、ライバルの選手たちがリオ五輪のメダルを「すごいね」とか「重いね」って言ってくれて、その温かい気持ちに感動しちゃいました。

――卓球のプレーにしても、人に対しても想像力や発想力を持っているんですね。

 私、人を見て、いろいろ想像するのが好きなんです。「この人は何を考えているんだろう?」とか「将来、どうなっていくんだろう?」とか、そんな風に考えるのが、すごく面白いんですよね。失礼かなと思いながら、一人で笑っちゃうこともあります。卓球でも相手の心理や動きを読むことはとても重要なんです。

――20年東京五輪まで残り4年を切りました。さらに強くなるための課題と抱負を聞かせて下さい。

 新たに何かを身に付けるというより、今ある技術の精度を100パーセントに高めて安定させることを目指しています。もともと自分は練習よりも試合本番で力が出せるタイプなので、練習は80パーセント、試合で100パーセントみたいなイメージを持っています。あとはトレーニングですね。4年後の東京五輪は19歳で迎えますが、その間、体つきが変わるでしょうから、体調管理に気を配りながらフィジカルを鍛えていきたいです。そして、東京五輪に出て団体戦で金メダルを取って、個人戦でも日本人同士で決勝を戦いたいです。

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著者プロフィール

スポーツライター。千葉県出身。 アナウンサーからライターに転身。競馬、F1、プロ野球を経て、00年シドニー、04年アテネ、08年北京、10年バンクーバー冬季、16年リオ大会を取材。「16年東京五輪・パラリンピック招致委員会」在籍の経験も生かし、五輪・パラリンピックの意義と魅力を伝える。五輪競技は主に卓球、パラ競技は車いすテニス、陸上(主に義足種目)、トライアスロン等をカバー。執筆活動のほかTV、ラジオ、講演、シンポジウム等にも出演する。最新刊『転んでも、大丈夫』(臼井二美男著/ポプラ社)監修他。

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