国枝のチェアワークを支える車いす エンジニアが語るこだわりと調整法
完成した車いすを選手とともに「育てる」
調整を繰り返しながら理想形に近づけていく。国枝の車いすはボールに追いつくことを重視してカスタマイズされている 【写真:伊藤真吾/アフロスポーツ】
安は年間10〜11大会に出向き、約150人の選手たちと面談をする。選手たちの要望をヒアリングして、細かな調整をする。
「フレームは同寸法であっても、シートの調整などをしなければ使うことができません。また、なじむのを待つ必要もあります。それらが終わるまでは前の車いすを使うこともあります」
選手たちは、自分の車いすを誰かが少し触っただけでその変化を敏感に感じる。わずかな変化で姿勢が変わり、目線が変わる。結果としてサーブが入らなくなってしまうこともあるという。
「障がい、車いす、ラケット、体調。(パフォーマンスに影響する要素は)大きく4つあると思います。どれが悪くてどうなってるいるのかが頭の中で整理できていないと正解に近づけない。自分で育てた車いすなので、触ってくれるなという方が多いですね」
理想とする寸法の車いすを作り、調整を繰り返すことで、選手たちが思い通りの動きができるようになっていく。車いすを「育てる」という表現がしっくりくる作業だ。
安の感じた国枝の強さ
クライアントである国枝を長年サポートしてきた安 【スポーツナビ】
「当然、選手たちには勝ってもらいたい。うれしいことなのか悲しいことなのかは分からないけれど、世界では国枝くんに匹敵するような選手が育ってきている。今まで一人で孤高のトップを走り続けていた男にライバルがいろいろと現れ、ゲームとしては盛り上がるようになってきている。
それは女子も一緒で、十年前には想像もしていなかったんですけれど、上地選手がいる。メダルと言ってしまうとダイレクトですけれども、(メダル獲得は)いけるのではないかと思っています」
競争が厳しくなってきており、パラリンピック3連覇に挑む国枝は4月に右ひじの手術を行った影響も懸念される。それでも、国枝の強さを側で感じてきた安は、彼の活躍を疑わない。
「調子は上がってきているし、やってくれると思います。最後に帳尻を合わせてくる人なので大丈夫だと思います。
一切ネガティブなことを聞きません。成功を積み重ねてここまできているので、駄目だったとしても、一個戻ったとしてもそこからまた変えていこうとする。一個戻ったということに対して、思考を止めないって言うんですかね。そういう強さが彼にはある。ちょっと怖いくらいです」
安が選手とともにこだわり抜いたオンリーワンの車いす。それぞれどこが違うのか、選手たちがどう乗りこなしているのか。そこに注目してみると、車いすテニスの新たな楽しみ方が発見できるかもしれない。
<文中敬称略>
(取材・文:豊田真大/スポーツナビ)