今季のプレミアリーグは「監督の祭典」 何人が泣き、最後には誰が笑うのか?

山中忍

消極的な補強が裏目に出ているアーセナル

補強に消極的なベンゲル(右)。ユーロ明け組や故障者も多く、早くも暗雲が…… 【Getty Images】

 マンチェスターの両軍に最も激しく迫るのは、モウリーニョの古巣であるチェルシーかもしれない。昨季は王座防衛どころか10位と低迷したが、最大の武器であるエデン・アザールは、自らPKも決めたウェストハムとの開幕戦(2−1)で、プレミア年間最優秀選手賞に輝いた一昨シーズンを思わせる切れ味を見せた。

 昨季のプレミア王者レスター・シティから加入したボランチのエンゴロ・カンテは、そのアザールをも凌ぐマン・オブ・ザ・マッチ級の貢献度だった。選手層を含む総合戦力は今季もリバプール以上で、欧州カップ戦の不参戦はCLも戦うアーセナルとトッテナムとは違って、プレミアに注力できるメリットとなり得る。ミヒー・バチュアイの他にもう1名、うわさのロメル・ルカク(エバートン)など実積のあるFWを獲得できれば、プレシーズン中に時間を割いた攻撃的な4−2−4システムで果敢に王座奪回を目指すことが可能になるだろう。

 逆にアーセナルは心配だ。リバプールに3−4で敗れてブーイングを浴びたホームでの黒星発進は2年連続。主力に、ユーロ明けでコンディション不足の選手と故障者が重なったとはいえ、消極的な補強が裏目に出た事実は否定できない。

 21歳のカラム・チェンバースと、20歳でボルトン(現3部)から移籍してきたばかりのロブ・ホールディングが中央に入った4バックの経験値は最低レベル。勝敗を分けたリバプール戦の4失点目は、新FWのサディオ・マネにチェンバースと左サイドバックのナチョ・モンレアルが軽く振り切られた。バレンシアのシュコドラン・ムスタフィらの名前が補強候補として挙ってはいるが、本来であれば早々に新CBを獲得していて然るべき。後手に回り、ベンゲルが「無形のトロフィー」と呼ぶCL出場権さえ獲得できずに、長期政権に終止符が打たれる危険性が高まっている。

レスターのEL出場圏内着地は十分にあり得る

新たに4年契約を結んだラニエリ(左)率いるレスター。連覇は難しくても、EL出場圏内着地は十分にあり得る 【写真:アフロ】

 トップ6を狙う第2グループの先頭候補にも、味のある監督がいる。元クロアチア代表DFのスラベン・ビリッチと元オランダ代表リベロのロナルド・クーマンは、ともにビッグクラブ監督への出世を狙う野心家。ビリッチ率いるウェストハムは、トップ4争いも匂わせた昨季を7位で終え、今季は6万人収容の新スタジアムをホームとする右肩上がりの集団だ。クーマンをサウサンプトンからヘッドハントしたエバートンの戦力レベルは、昨季の11位以上。ロベルト・マルティネス前監督は意識が攻撃に偏っていたが、新指揮官は前任地でも攻守のバランス感覚を発揮していた。

 レスターを降格候補からプレミア王者に大化けさせた昨季、「迷監督」のレッテルを自ら剥がしたクラウディオ・ラニエリもその1人。64歳のイタリア人は、新たに4年契約を結んだ現任地に監督として骨を埋める覚悟だ。さすがにプレミア連覇はないと見るが、世間の中位予想は良い意味で裏切られると見る。カンテ流失は防げなかったが、昨シーズンの主軸は今のところカンテしか失っていないとも言える。

 降格候補のハル・シティに1−2で敗れた開幕戦は、1992年のプレミア創設以来、前季王者が初めて昇格チームに敗れた開幕戦としても騒がれたが、めずらしくフィニッシュに失敗したジェイミー・バーディーには3度の得点機があった。新FWのアフメド・ムサとは、スピードもゴールへの積極性も十分な2トップ結成を予感させる。競争相手の岡崎慎司も、後半23分にベンチを出て前線に活力を注入。新ボランチのナンパリス・メンディの適応力次第では、今季もカウンターでしぶとく勝ち点を重ねられそうだ。ラニエリは自軍の優勝よりも「ETがロンドン中心部に降り立つ可能性の方が高い」とおどけてみせるが、レスターのヨーロッパリーグ(EL)出場圏内着地は十分にあり得るだろう。

 そのラニエリが1年前には解任第1号候補だったように、プレミアの指揮官は、転機到来を祈るための生け贄(いけにえ)のように首を切られかねない。開幕節を終えた時点での今季の最右翼はパーデュー。大物では、ベンゲルに国内ブックメーカーが平均約25倍のオッズを提示している。ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオンのトニー・ピュリスの4倍に比べれば高倍率だが、100倍のモウリーニョとグアルディオラのように解任があり得ないわけではない。第1号としてのオッズが66倍のコンテにしても、最低目標のトップ4を達成できなければ1年限りでの解雇が現実的だ。今季は何人の監督が泣き、最後には誰が笑うのか? 10カ月間にわたる「祭典」が始まった。

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著者プロフィール

1966年生まれ。青山学院大学卒。西ロンドン在住。94年に日本を離れ、フットボールが日常にある英国での永住を決意。駐在員から、通訳・翻訳家を経て、フリーランス・ライターに。「サッカーの母国」におけるピッチ内外での関心事を、ある時は自分の言葉でつづり、ある時は訳文として伝える。著書に『証―川口能活』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『フットボールのない週末なんて』、『ルイス・スアレス自伝 理由』(ソル・メディア)。「心のクラブ」はチェルシー。

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