混沌とするアルゼンチンフットボール界 監督人事の迷走で露呈した協会の危機

シメオネ、サンパオリの招聘に失敗

 アトレティコ・マドリーで長期的プロジェクトに従事しているシメオネには「今は自分が引き受けるべきタイミングではない」と断られた。トッテナムを率いるマウリシオ・ポチェッティーノにも同様の返答を受けた後、ペレスはこれまで何度もアルゼンチン代表を率いるのが夢だと公言してきたサンパオリに最後の望みを託した。

 しかし、サンパオリの招聘(しょうへい)には大きな障害があった。セビージャとの契約解除に必要な違約金700万ユーロ(約7億9000万円)である。それは協会の金庫が底を尽きている現状では到底支払える額ではなかった。

 そこでペレスはセビージャとの契約が切れるまで、代表監督と兼業することも提案したのだが、それも無理だと分かると代表スポンサーのアパレル企業に出向き、違約金の工面まで相談した。だが、国内リーグで2部以下に所属する多くの中小クラブが資金難から存続の危機に瀕している現状が、しかも国内を見渡せば優秀かつ現在無職の指導者がたくさんいるという中で、それほど多額の出費を正当化することはまず不可能だった。

最悪の危機に瀕している現状

AFAはサンパオリ就任までの“つなぎ役”を用意することまで考えていたというが…… 【Getty Images】

 サンパオリとしてもこのタイミングでセビージャを辞めるわけにはいかなかった。母国アルゼンチンのファンを悲しみに暮れさせた昨年のコパ・アメリカ終了後、彼はチリフットボール協会会長の交代に際して代表監督を辞任。その後は複数のオファーを吟味した末、今年7月にウナイ・エメリの後を継いでセビージャの監督に就任したばかりだ。

 彼にとってセビージャは56歳にして初めて訪れたヨーロッパ進出のチャンスである。しかもクラブは彼の要求に応え、同郷の優秀な選手(マティアス・クラネビッテル、ルシアーノ・ビエット、ホアキン・コレア、フランコ・バスケス)、ブラジル人MFパウロ・エンリケ・ガンソらを多数補強した。リーガ・エスパニョーラの開幕に先駆け、8月9日にはヨーロッパリーグ3連覇中の王者として臨むレアル・マドリーとのUEFAスーパーカップ、同14日と17日にはバルセロナとのスーペルコパ・デ・エスパーニャといったビッグゲームも迫っている。

 そんな状況下、AFAではサンパオリの就任が可能になるまでの“つなぎ役”を用意することまで検討されたという。それは1998−99シーズンの開幕後にエスパニョルに違約金を支払い、マルセロ・ビエルサを引き抜いたことを彷彿(ほうふつ)とさせるアイデアながら、当時と今ではAFAが置かれている政治的、財政的な状況に加え、監督が契約しているクラブの事情まで大きく違っていた。

 こうした監督人事の迷走ぶりひとつとっても、史上最悪の危機に瀕するアルゼンチンフットボール界の混沌(こんとん)とした状況が痛いほど伝わってくる。残念ながら、これではメッシに愛想を尽かされるのも仕方ないと言わざるを得ない。

(翻訳:工藤拓)

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著者プロフィール

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

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