ユーロ2016で見えた戦術的な特徴 “偽の9番”対策、新たな戦い方の追求は

中野吉之伴

非常に高い戦術を見せたイタリア

ドイツとイタリアの準々決勝は、駆け引きという点で今大会髄一 【写真:aicfoto/アフロ】

 ドイツはそれでも、フランスとの準決勝でシュバインシュタイガーをアンカーに置く4−3−3システムを採用し、相手の攻撃の起点となるポール・ボクパ、ブレーズ・マトゥイディを抑えつつ、攻撃時にはその2人に対して常に数的有利な状況を作り出すことで、序盤を除きゲームを押し気味に進めていた。攻撃時にはエムレ・ジャンやユリアン・ドラクスラーがフランスの守備ラインの位置でポストプレーに入り、相手守備をそこにくぎ付けにすることで、フランスの弱点である両サイドバックの裏スペースを徹底的に突いた。代表チームとは思えないチーム戦術のバリエーションとその熟成さを見せたが、主力不在の影響もあり、勝ち切ることができなかったのは残念だった。

 ドイツ同様に戦術面で非常に高いレベルにあったのがイタリア。相手の攻撃をただ跳ね返すだけではなく、状況に応じて積極的なプレスで相手をコントロールし、また守備だけではなく、ダイレクトパスを多用した攻撃も非常に効果的で危険だった。ドイツとイタリアが激突した準々決勝の一戦は、チームとしての駆け引きという点で見たら、今大会髄一の試合と言えるのではないだろうか。

 一方で、今回決勝にコマを進めたポルトガルとフランスには、大会を通じて飛躍的な成長が見られた。フランスは序盤どこか窮屈なサッカーをしていたが、ボクパとマトゥイディのダブルボランチの前にオリビエ・ジルーとアントワーヌ・グリースマンを縦に並べるシステムが採用されると、各選手の役割が明確なものとなり、躍動感が出てきた。チーム戦術の浸透度ではドイツ、イタリアほどではないが、それぞれ爆発力を持った選手を前線に並べることで、今大会最多得点となる攻撃力を発揮。単独だけではなく、各選手がポジションチェンジを繰り返しながら、スペースにどんどん飛び出していく攻撃は魅力的なだけではなく、怖さがあった。

 そんなフランスに対し、優勝したポルトガルはぎりぎりの戦いを必死に生き延びてきた。大会序盤はジョアン・モウチーニョやビエリーニャといったより攻撃の場面で力を発揮する選手がよく起用されていたが、攻守が分断になりがちで、特にボールを失ってから守備に入る局面での遅れが目立った。そんなポルトガルが決勝トーナメントに入ってからは、完全に守備を固めたうえで、クリスティアーノ・ロナウドの得点力にかけるという戦い方にチェンジした。

「引きこもった守備とロナウドだけ」と揶揄(やゆ)されたりもしたが、試合を重ねるごとに守備だけではなく、実は攻撃も整理されていった。それはボールロスト時のチームの陣形からも見て取れる。決勝トーナメントに入ってからのポルトガルは、不用意なボールロストからカウンターを受ける場面が明らかに激減していたのだ。もともと個人技に長けた選手が集まるチームだけに、時に無謀な攻撃を仕掛けてしまうことが難点だったが、無理に人数をかけた攻撃で自滅的にボールを失うのではなく、じっくりとパスを展開しながらここぞという瞬間を我慢強く待てるようになったのは大きい。見た目には地味になったかもしれないが、非常に勝負強くなった。

決勝の行方を左右した両国のバリエーション

決勝でポルトガル代表監督のフェルナンド・サントス(左)が見せた手腕は素晴らしかった 【写真:なかしまだいすけ/アフロ】

 さらに決勝で勝敗の行方を左右したのは、戦い方のバリエーションだ。例えば14年W杯では、交代選手によるゴールが32点も生まれたのだが、それはただ交代選手がゴールを決めたという単純な形の成果ではなく、選手交代からシステムや戦い方に変化を加えて自分たちが有利な状況を作り出した結果であった。

 そういったベンチワークができた国は今大会では多くなかったのだが、この決勝でポルトガル代表監督のフェルナンド・サントスが見せた手腕は素晴らしかった。前半25分でロナウドをけがで失うものの、即座に中盤センターを3枚にすることでフランスの攻撃を制御。そして一発の力を持つフランスが相手ながら、守備的な布陣でぎりぎりまで粘るのではなく、後半34分にセンターフォワードタイプのエデルを投入し、逆に押し込んだ。決勝点はまさにそのエデルが生み出したわけだが、このゴールが生まれた背景にはそれまでポストワークで苦しんでいたナニがその役割から解放され、前を向いてボールを受けられるシーンが増えたことで、フランスDFの対応が後手になっていたことが挙げられる。フランスの交代選手がさしたる変化をもたらすことができなかったこととは、あまりに対照的だった。

 しかしポルトガルが優勝したからといって、今後欧州サッカーシーンを引っ張っていくというイメージは持ちにくい。5、6カ国がトップ集団を形成し、そこから飛び出すチャンスを虎視眈々(たんたん)と狙うという図式になるはずだ。このままどの国も同じようなサッカーに傾向するとは思えない。守備を打ち砕くすべを見いださない限り、タイトルを狙う可能性を高めることはできないからだ。新しいアイデアを生み出すために、列強国は自らを詳細に分析し、それぞれが次のサッカーを追い求めていくことだろう。

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著者プロフィール

1977年7月27日秋田生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成層指導のエキスパートになるためにドイツへ。地域に密着したアマチュアチームで経験を積みながら、2009年7月にドイツサッカー協会公認A級ライセンス獲得(UEFA−Aレベル)。SCフライブルクU15チームで研修を積み、016/17シーズンからドイツU15・4部リーグ所属FCアウゲンで監督を務める。「ドイツ流タテの突破力」(池田書店)監修、「世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書」(カンゼン)執筆。最近は日本で「グラスルーツ指導者育成」「保護者や子供のサッカーとの向き合い方」「地域での相互ネットワーク構築」をテーマに、実際に現地に足を運んで様々な活動をしている。

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