減少傾向にあるプロ野球の地方開催
考えるべき「文化的公共財」の意義
地方開催ゲームで選手たちに声援を送る子どもたち(写真は2013年に北海道・旭川で開催された試合のもの)
地方開催ゲームで選手たちに声援を送る子どもたち(写真は2013年に北海道・旭川で開催された試合のもの)【写真は共同】

 1936年、愛知県の鳴海球場で日本初のプロ野球の公式戦が実施されて以降、日本プロ野球は、幾多の困難を乗り越え、さまざまな変貌を遂げながら繁栄を続けてきた。その間、選手数、そしてファンの数を着実に増やしてきたが、近年、減少の傾向にあるのが、地方球場での開催試合数である。2016年は計27球場で41試合を開催(予定を含む、すでに3試合中止)。これは発展か、それとも衰退か――。地方開催に焦点を当て、日本プロ野球界の課題を見つけたい。

70年代〜80年代が最盛期

【ベースボール・タイムズ】

 プロ野球80年。戦前の黎明期を経て、戦後まもなくには球場の建設ラッシュが起こり、2リーグ制元年の1950年には全国津々浦々、地方球場での開催試合の数は計300試合以上にも上った。だが、52年のフランチャイズ制度の正式導入以降は各球団の本拠地開催が基本となり、地方開催は一気に減少。60年の地方開催は、わずか10試合となった。


 プロ野球が日本社会の娯楽に定着していく中、再び“地方へ”の流れになったのは70年代に入ってから。70年の21試合が、翌71年には34試合と増え、その後、37試合、45試合、67試合と右肩上がり。79年には計84試合が地方球場で行われた。さらに80年代に入ってからも各球団が積極的に地方遠征に繰り出し、89年には過去最多の95試合が地方球場で開催された。

 

 しかし、その後は減少傾向となる。80年代の10年間で年平均78.2試合が、90年代は63.4試合、そして2000年代は年平均49.3試合となっている。

一因は球団の地方分散だが……

 地方開催が減った理由として、第一に球団の身売り、移転並びに消滅、誕生によって本拠地が分散されたことが挙げられる。具体的には、大阪球場を本拠地としていた南海がダイエー(現ソフトバンク)となって88年から福岡へ移り、東京ドームを本拠地としていた日本ハムが04年に北海道へ移転し、05年からは大阪を本拠地にしていた大阪近鉄が消滅し、東北楽天が仙台を本拠地に置いて球界に参入した。それまでの“空白地”が埋まったことが地方開催減少の大きな要因であることは確かである。


 だが、それだけが理由とは言い切れない。近年の開催地を地域別に見ると、球団“空白地”である北信越、中国、四国などの試合数が減少。96年までは現在よりも13試合少ないシーズン130試合制であり、全体の試合数における地方開催の割合は実数以上に少なくなっている。

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