増田明美が明かすマラソン解説の極意 「取材では“人”が出るネタを探します」

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失敗はしょっちゅうあるが……

増田さんの解説と言えば、選手の人柄が見える“小ネタ”。選手からはうれしい反応をもらうことも 【スポーツナビ】

――競技から離れた小ネタが解説に差し込まれることも多いですが、それも人を紹介したい、選手を身近に感じてもらいたいといった思いがあるのですか?

 それはありますね。今回のニューイヤー駅伝でも事前番組が1時間半あって、そこから観ていると応援したくなるじゃないですか。「あれだけいろいろなことを乗り越えてきたんだ」って。その人の歴史や人間性が分かると、余計に気持ちが入りますよね。ドラマがあるんです。

――特に印象に残っている選手はいますか?

 いっぱいいますよ! 最近ではね……キャラとして面白いのはニューイヤー駅伝を走ったトヨタ自動車の大石(港与)選手。国際千葉駅伝で取材してから仲良くなったんです。大体テレビ局は事前に質問用紙を(各チームに)出しておくんですけど、大石選手が「ライバルは誰?」というところに私の名前を書いたんですよ。理由は「増田さんは自分たちが普通に走っていると、やたら余計な小ネタが多い。私にしゃべらせないようにするためには、普通以上の走りをしないといけない」と書かれていました。ああいう選手に会うとうれしいですね。私は(現役時代に)修行僧みたいに張り詰めた空気の中でやって故障なんかしていたので、個人として大石選手みたいな、厳しい練習に明るさとパワーで向かっていく、そういうキャラに出会うとうれしいですね。

――それはキャラが立っていますね(笑)。

 女子ではクイーンズ駅伝に出場した積水化学の森智香子選手。予選会で彼女を取材したら、子どもの時に小倉百人一首で福岡大会で優勝したらしいんです。百人一首の「田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ」を詠んだ山部赤人が好きだと言うから、予選会で彼女が走っている時に(テレビ解説で)それを言いました。小倉百人一首の美しいイメージとぴったり合う選手だから、絶妙のタイミングで言ったんですけど、彼女はサングラスをしていて。私はもうそれがショックでクイーンズ駅伝前に、大会ガイドブックに「1秒でも速く走るためにはいいかもしれないけど、見ている人にも感情移入をしてもらうためにはサングラスはない方がいい」って書いたんです。そうしたらクイーンズ駅伝では、積水化学では森選手1人だけがサングラスをしてなかった。このお正月に積水化学の宮崎合宿に行ったら、彼女も私のガイドブックを見て(サングラスを)取ったと言っていて。そういうのはちょっとうれしいですよね。

――逆に失敗談はありますか?

 それはしょっちゅうです。しゃべりすぎてしまって。ロンドン五輪前の横浜国際女子マラソンの時に、尾崎(好美)さんと競っていた木崎(良子)選手の彼氏のことを言ったんですよね。高校時代から付き合っている彼で。その時は林清司監督に怒られました。

 それから、解説をやり始めたころには「轍(わだち)」という言葉が分からなくて、センターのアナウンサーが移動車に乗っていた私に、「増田さん、選手の皆さんは轍が走りにくそうですね」って。私は免許も持っていないから分からなくて「何ですか? ワダチさんが?」とか言ってしまって(笑)。生放送は消しゴムで消せないですから。その時はセンターですぐにフォローしてくれて、「水たまりのね。ああ、それを轍って言うんだ」と、初めて知りましたね。

大切なのは現場の人たちへの敬意

――それでも監督や選手がいろいろな話をしてくれるのは、増田さんへの信頼があるからこそだと思います。

 根本的な部分では信頼してくれていると思うんですね。やっぱり私も一言多くなってしまう。でも基本として、私自身が指導者や選手に対して尊敬の気持ちがあって、これがあるから大丈夫と自分では思っているんです。一番は現場ですから、現場の人たちが困ってしまったり、選手や監督を傷つけるようなことは絶対に言いたくないという気持ちがあります。それがたまに言葉足らずだったり、リップサービスだと思ったら違ったり、そういうズレはありますけど、基本的に現場に対する敬意は持っているから、その私の気持ちは分かってくれていると思います。

昨夏の世界選手権マラソン代表発表時には、日本陸連の幹部と“舌戦”を繰り広げた 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

――個人的にとても印象に残っていることがあります。去年3月の北京世界選手権マラソン代表発表会見で、横浜国際女子マラソン優勝の田中智美選手(第一生命)が落選したのを、「これはおかしい」と真っ先に疑問を呈したのが増田さんでした。よく知る関係者を相手に、言いづらい面もあったのではと思ったのですが?

 そんなの全然関係ないですよ! だっておかしいじゃないですか。選手がスタートラインに立った時に何を目標にするかというと、1番早くゴールテープを切ることで、それを達成した人が選ばれないとおかしい。私も陸連(=日本陸上競技連盟)で理事を6年間やっていました。高橋(尚子)さんが2004年のアテネ(五輪)に選ばれなかった時も、(代表選考の)理事会でガンガンやったんです。でも、時代は変わっていないと少し思ってしまって残念な気持ちと、勝者に栄誉がないのもおかしいと思いました。それは全然後悔していません。

――最後になりますが、今後解説者として伝えていきたいことを教えてください。

 やっぱり頑張る選手がなぜこんなに頑張れるのか、その選手の人となりであったり、また練習環境の様子などを伝えていきたいです。今年は特にリオ五輪・パラリンピックもありますが、東京(五輪)を見据えた上での今年の動きというか、通常の五輪イヤーとは少し違いますから、長い先の目標へ選手がどういうような流れで向かおうとしているのかというところを紹介したいと思います。

(取材・文:小野寺彩乃/スポーツナビ)

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