前田健太、異例の契約に至った3つの理由 ドジャースとの契約過程を振り返る

菊地慶剛

身体検査の結果は“軽微”を強調

ドジャースはカーショーを筆頭に先発左腕がそろう 【Getty Images】

 その決断に至ったのにはさまざまな理由があった。まずは前田の身体事情についてだ。会見では最後までその詳細は明らかにされなかったが(米メディアでは右ひじとだけ報じているが、中には内側側副じん帯のダメージとまで報じられている)、最後まで「irregularity(イレギュラーなこと)」という耳慣れない単語を使い続けた。これまでメジャー取材を続ける中で、選手の身体部分に何か問題が起こった際は「issue(懸念)」「damage(ダメージ)」「problem(問題)」などの用語が使用されることはあっても「irregularity」など聞いたこともなかった。それだけチームも前田サイドも身体検査の結果が“軽微”だということを強調したかったようだ。

「8年もの長い契約になればマエダに限らずどんな投手でもケガのリスクが伴う。我々は彼のリスクを共有した上で、たとえ彼に何か起こったとしても、必ず復帰してチームの戦力になってくれると信じている」

 このように説明してくれたフリードマン氏も実際のところ前田の身体検査の結果について「asymptomatic(兆候や症状が認められない状態)」とし、ほとんど問題視していなかった。もちろん前田自身も「不安はまったくないです。ゼロです」と言い切っている通りだ。

必須だった右の先発投手

 2つ目の理由はドジャースの投手事情だ。昨季はクレイトン・カーショー投手、ザック・グリンキー投手の先発2本柱の活躍もあり、3年連続地区優勝を飾ったものの、その裏で先発投手陣の状況は決して盤石ではなかった。昨季先発投手として起用された投手数はMLB最多の16人。最後まで確固たるローテーションを組めなかった。

 さらに現在のMLBの潮流は、メジャーの先発投手5人でシーズンを最後まで戦うのは無理であり、マイナーに補充の先発投手を用意していくのが当たり前になってきている。そのためドジャースはこのオフ、先発投手の補強にかなり躍起になっていたといわれている。しかもグリンキー再契約、岩隈獲得に失敗し、現在メジャーの先発候補投手はすべて左投手ばかり。ある程度計算できる右の先発投手として、前田はドジャースが最も欲している人材だったのだ。

総獲得資金に対する明確なビジョン

 そして長期契約に至ったもう1つの理由がポスティング制度だ。前田と契約した結果、ドジャースは広島に対し入札金の2000万ドル(約23億5000万円)を支払わなければならない。もともとMLBでも低予算球団として知られるレイズでGMを務めていたフリードマン氏にとって、前田を獲得するための総資金について明確なビジョンが必要だった。

「2000万ドルを支払うことを考えると短期契約は難しかった。入札金分を分担させるためにも長期契約が必要で、効果的な支払いが求められた」

 つまり途中で契約破棄できるオプション権を含まない8年間が完全保証された長期契約を結ぶに至ったのは、ドジャースからすればリスクマネージメントの一貫でもあったわけなのだ。だがその一方で、長期契約保証は前田にとって大きなインパクトをもたらした。
「(ドジャースから)長期に渡って保証をしてもらい、最大限の評価をしてもらったと思う」

 会見上で断言しているように、身体検査の結果を知りながらの長期契約提示は間違いなく前田の心の琴線に触れることになった。保証年俸は300万ドル(約3億5000万円)だが、自分の頑張り次第ですべてのインセンティブをクリアすれば米メディアによると8年で総額1億620万ドル(約118億円)を得られる可能性があるのだ。最終的には何の迷いもなくドジャース入りを決断したことだろう。

 こうして両サイドの思惑が見事に合致し、“ドジャース前田”が誕生した。このままハッピーエンドに終わるかどうかはもちろん誰にもわからない。すべて前田の右腕にかかっているのだ。

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著者プロフィール

栃木県出身。某業界紙記者を経て1993年に米国へ移りフリーライター活動を開始。95年に野茂英雄氏がドジャース入りをしたことを契機に本格的にスポーツライターの道を歩む。これまでスポーツ紙や通信社の通信員を務め、MLBをはじめNFL、NBA、NHL、MLS、PGA、ウィンタースポーツ等様々な競技を取材する。フルマラソン完走3回の経験を持ち、時折アスリートの自主トレに参加しトレーニングに励む。モットーは「歌って走れるスポーツライター」。Twitter(http://twitter.com/joshkikuchi)も随時更新中。

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