逆境でも諦めなかった新王者・木村悠 “打たせずに打つ”スタイルの結実

船橋真二郎

ゲバラは減量苦も影響 調整に差が出た

 ゲバラは終盤、ときにラフに、ときに足を使い、木村の攻勢に対応しようとしたが、はっきりとポイントを取ることも、流れを切ることもできなかった。ポイントを詰められながら、ペースが上がらなかった一因には減量に苦しんだこともあった。

「事前の情報で体重が結構増えていたので、減量は苦しかったと思う。後半は相手がきつくなるパターンかなと思っていた」

 ゲバラの当日の体重は54.8キロ。前日から5.9キロもの増量は明らかに増やし過ぎで、動きに影響が出ないわけはない。

「僕の勝手な想像ですが、ゲバラ選手は僕のことをそれほど警戒してなかったのではないかと。そこに付け込むスキがあったのかなと思うし、モノにできたのは良かった」

 そう冷静に分析した木村は「ジムのサポートもあって、いい調整ができた。これで負けるんだったら仕方がないというくらい自分の中で万全に仕上がっていたので、それが勝因」と胸を張った。

田中、八重樫、五十嵐…… 最強チャンピオンを目指す

同階級に世界クラスのライバルも多いが「最強のチャンピオンを目指して頑張っていきたい」と語る木村(左) 【写真は共同】

 法政大学1年時に全日本選手権で優勝を果たした元トップアマチュアだが、プロでの道のりは平坦ではなかった。アマ仕込みのテクニックは高いが、線が細いというのが木村の評価。3戦目に引き分け、6戦目で早くも初黒星。環境を変え、メンタルを鍛えようとフルタイムのサラリーマンとして働き始めた。仕事とボクシングの両立だけに集中し、しっかりしたスケジュール管理のもとで規則正しい生活サイクルを整えた。

 1年8カ月もの長期ブランクを経て実戦に復帰。5連勝で日本王座挑戦権が懸かった『最強後楽園』決勝にたどり着くが、現WBA世界ライトフライ級王者の田口良一(ワタナベ)の前に6回負傷TKO負けを喫してしまう。その9日後、大学時代に何度も拳を交えた八重樫東(大橋)、翌年7月には、同じくアマ時代から切磋琢磨してきた同門の五十嵐俊幸(帝拳)が世界王者となった。

「何してるんだろうなと焦った時期もあったが、それがあったから、頑張ってこられたのもある」

 悔しさをバネに、ライバルの存在を刺激に、昨年2月に王座決定戦を制し、ようやく日本王者となる。その後、手堅いボクシングで3度の防衛にも成功。「ベストを尽くすことだけを考えていた」と振り返ったゲバラ戦に対する姿勢そのままに自分のスタイルをひたすら高めてきた。来月末には八重樫がIBFライトフライ級王座に挑戦し、田口がWBA王座の2度目の防衛戦に臨む。

「すぐに、というわけではないですけど、4団体ありますから。その中で最強のチャンピオンを目指して頑張っていきたい」

 何度も逆境に立たされながらも諦めなかった32歳の実直な王者は、まずは地道に防衛を重ねてから、と付け加えることを忘れなかった。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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