阪神の歴史においては貴重なこと? 一度は拝んでみたかった定番の光景

山田隆道

金本監督は「6」、掛布二軍監督は「31」と現役時代の背番号で指揮を執る 【写真は共同】

 監督が野球をやるわけではない。そう頭ではわかっているのだが、どうしたって胸が躍ってしまう。金本知憲新監督が就任した新生・阪神タイガースである。

 現在、秋季キャンプ真っただ中の阪神では、その金本監督が大きな話題を振りまいている。2003年、05年と2度のリーグ優勝を果たした00年代阪神きってのスター選手が引退からわずか3年で監督に就任したのだから、ファンの歓喜も想像に難くない。
 おまけに新2軍監督はミスタータイガースこと掛布雅之、背番号31だ。阪神球団と彼の歴史をよく知るオールドファンにしてみれば、これがどれだけ意義深いことかわかるだろう。カケフの31番、私もそれに興奮している虎党の一人である。

 もちろん、それがどうした、という冷ややかな意見もあることは百も承知だ。

 実際にプレーするのは選手なのだから、その選手以上に監督が(しかも2軍監督までもが)目立っている現状は決して手放しで喜べるものではない。江越大賀や陽川尚将、横田慎太郎など、在阪マスコミの注目を集める期待の若手選手はいるものの、どれも未知数なのは事実であり、そういう若手が必要以上に持ち上げられ、過剰報道されてしまうのは阪神の悪しき伝統だ。本来なら、藤浪晋太郎の肩の炎症をもっと憂慮すべきだろう。

 ましてや、金本監督には指導者経験がないため、監督の能力までもが未知数なのだ。だから、しょせんは客寄せパンダ、あるいはファンへの変革アピールにすぎないと批判する人もいるかもしれない。確かに元スター選手をそのまま順当に監督に抜擢してしまうなんて、昭和の野球臭が漂う古めかしい人事だ。そういう老舗球団ならではの旧弊が根強く残っているうちは、阪神は本質的には変わらないという見方もできる。

アニキ筆頭に優勝時の仲間がずらり

 しかし、それをわかっていながらも心がときめいてしまう理由のひとつは、今回の人事が阪神においては貴重なことだからだ。ある時代の看板を背負ったスター選手が引退後に監督として戻ってくるなんて、一昔前の安っぽい定番ドラマかもしれないが、この複雑怪奇な老舗球団においては、その定番がいかに少なかったことか。

 1988年の引退から指導者復帰まで実に30年近い月日を要した掛布2軍監督はもちろん、江夏豊しかり田淵幸一しかり、阪神の歴代の看板スターの多くは、球団とのトラブルやトレード放出、自ら招いた不祥事など、ことごとくなんらかのゴタゴタを引き起こしており、球団と疎遠になる時期があった。村山実は2度にわたって監督を務めたものの、1988年の2度目の監督就任時には江夏豊と田淵幸一にコーチ入閣を要請して、いずれも断られるという苦い記憶を残した。そのとき田淵幸一が語った「村山タイガースなら帰るが、阪神タイガースへなら帰りたくない」という台詞は、彼の阪神球団に対するわだかまりをよく表している。だからこそ、その田淵幸一が星野仙一監督時代(02年〜03年)にようやくコーチとして阪神に復帰したとき、オールドファンの多くは歓喜と感慨に包まれたのだろう。

 それらを思うと、今回の金本監督就任はなんだかとても新鮮で、しみじみとした喜びがあふれてくる。阪神の生え抜きではないものの、あれだけ甲子園を沸かし続けてきたアニキがすみやかに監督になったのだ。しかも、彼が従えるコーチ陣には矢野燿大、片岡篤史、今岡誠など、かつて優勝をわかちあった仲間たちがずらりと並んでいる。

 一部には、それを仲良し内閣だと揶揄する人もいるだろう。しかし、村山実が江夏豊と田淵幸一を従えるところも、掛布雅之が岡田彰布や真弓明信とタッグを組むところも見ることができなかったファンにしてみれば、こういう定番すぎる光景を一度は拝んでみたかったと思ってしまう。金本監督以下コーチ陣は決して甘さの見え隠れする仲良し内閣なのではなく、厳しさと情熱を共有する一枚岩なのだと信じたい。

金本監督は星野監督タイプ?

 秋季キャンプの現段階で、金本監督が名将になるかどうかはわからない。ただし、厳しさの中に明るさとユーモアを交えた巧みな言葉をマスコミに発信することで、選手のやる気を引き起こさせるモチベーターとしての素養は高いように感じられる。

 そういう意味では、金本監督は自身の恩師の一人でもある星野仙一タイプの監督を目指しているのかもしれない。監督自ら動いてコーチ陣を集めるなど、組閣にもそれなりの実権を有していそうなところも、星野仙一の監督スタイルに似ている。本当に常勝軍団を目指すなら球団主導であらゆる編成を行う中長期なシステムを構築することが近年のトレンドかもしれないが、阪神の場合は強い影響力をもつ監督が率先して改革を進めるかたちで良いように思う。これまで、球団主導でろくなことがなかったからだ。

 また、金本監督の年齢が若いため、彼の現役時代の偉業の数々が選手の多くに知れわたっていることも大きいだろう。かつて中日監督時代の落合博満が「文句があるなら、俺の記録を超えてみろ」と言って、和田一浩らの実績豊富なベテラン選手たちを容赦なく牽引したように、金本監督ならどの選手に対しても強い求心力を発揮できそうだ。名選手が必ずしも名監督になるわけではないが、少なくとも近過去の名選手であれば、監督になった時点でそういう利点は備わっている。

 いずれにせよ、近年の阪神にはなかったドキドキとワクワクが、新生・金本タイガースにはあふれている。不安がないとは言えないが、それを飲みこめるくらいの期待と興奮があるからこそ、今はただただ応援したい気持ちでいっぱいだ。
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著者プロフィール

作家。1976年大阪生まれ。早稲田大学卒業。「虎がにじんだ夕暮れ」「神童チェリー」などの小説を発表するほか、大の野球ファン(特に阪神)が高じて「阪神タイガース暗黒のダメ虎史」「プロ野球むしかえしニュース」などの野球関連本も多数上梓。現在、文学金魚で長編小説「家を看取る日」、日刊ゲンダイで野球コラム「対岸のヤジ」、東京スポーツ新聞で「悪魔の添削」を連載中。京都造形芸術大学文芸表現学科、東京Kip学伸(現代文・小論文クラス)で教鞭も執っている。

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