アジアにおける日本サッカーの位置づけ Jリーグ国際部に聞く海外戦略<前編>

宇都宮徹壱

海外進出に最も積極的なクラブは?

東南アジアをメインに月に何度も海外を訪れている国際部のスタッフ。時にはクラブ関係者の海外視察案内を現地で引き継ぐこともあるという 【宇都宮徹壱】

──先ほど山下さんがお話しされたように、国際部の前身であるアジア戦略室が12年に立ち上がって、今年で4年になるわけですが、当初のリーグ間同士の関係から、最近はクラブ間同士の直接的なビジネスの関係に発展しているように感じます。その点についてはいかがでしょうか?

山下 そうですね、まずはリーグが道筋を作ってきて、それをクラブが実際に現地で活動することによってスポンサー収入を得るとか、地域の行政から助成金を得るといった感じで、よりクラブが稼ぐステージになってきています。リーグで稼ぐところとクラブで稼ぐところがあると思いますが、頑張ったクラブが稼げることが大事だと思っているので、そのためのサポートを僕らがしているというのが、最近の役割分担になってきています。

──具体的に、クラブ単位で海外との提携に積極的なのはどこでしょうか?

山下 セレッソ大阪ですね。先日発表されましたけれど、シンハービールがC大阪のトップパートナーになりました。その前にはレッドブルといった感じで、日本に留まることなく積極的に海外に仕掛けてビジネスをしている印象ですね。また、向こうの選手を獲得しながら地域を盛り上げていこうとしている好例は、コンサドーレ札幌ですね。それぞれのクラブが、それぞれのスポンサーだったり株主だったり、さらには行政のニーズにマッチした形での戦略をとって、クラブや地域やスポンサーを成長させていこうとしています。

──今のところ、アジアに積極的なところもあれば、なかなかそこまで意識する余裕もないし、人も回せないクラブもあると思うのですが。

山下 それは感じます。ただし横並じゃなくても全然問題ないと思いますし、マンパワーに限りがあったりそれぞれのクラブの経営戦略があったりするところで、無理やりアジアに行ってほしいとは僕らも思っていません。ただ、クラブとしてより成長したいと考えたときに「アジアという選択肢がありますよ」、興味はあるけれど何から初めていいか分からないとなったら「じゃあ、一緒に行きましょう」というのが、われわれの役割だと思っています。

小山 この間、山下さんがあるクラブ関係者を案内して、途中でどうしても帰国しなければならないので、僕がマレーシアで引き継ぐこともやっていました(笑)。

──素晴らしいチームワークですね(笑)。今、マレーシアの名前が出てきましたが、アジア戦略室がスタートした頃、最初にアプローチしたのが、タイ、ベトナム、マレーシア、インドネシアだったと思います。最近ですと、カンボジアやミャンマーあたりが脚光を浴びているようですが、一口にASEAN(東南アジア諸国連合)と言っても、サッカーやビジネスをめぐる状況はかなり異なります。その点については、どのように考えていたのでしょうか?

山下 まず重点国として、今おっしゃった、タイ、ベトナム、マレーシア、インドネシアですね。人口、経済、日系企業の進出具合、またサッカーへの熱量や国内リーグの成熟度といった点で判断しました。実は最初にマレーシアにアプローチしようとしたのですが、先方のトップが替わってリーグが混乱している間に、タイとのパートナーシップを最初に発表することになりましたね。

ギリギリのタイミングだったインドネシアとの提携

Jリーグとのパートナーシップ締結により、提携国枠で当時ヴァンフォーレ甲府への移籍が実現したインドネシアのスター選手イルファン(右)。ジャカルタで加入会見を行った 【写真は共同】

──なるほど。東南アジアだと、けっこう日本では考えられないようなアクシデントもあったと思いますが。

山下 インドネシアもゴタゴタしていましたね。FIFA(国際サッカー連盟)の制裁前の話ですが、リーグが分裂してしまったんです。僕らが最初に話していた正式なリーグが、次の年に突如非公認のリーグになっていて(苦笑)。つまり立場が逆転したんですね。それで少し時間を置いてから去年の1月に、スラバヤで開催されたインドネシアサッカー協会の総会にわれわれが乗り込んでいって、リーグがひとつになるという決議が出たら、すぐにJリーグとのパートナーシップ締結を決議に盛り込んでもらったんです。

──ものすごい綱渡りですね!

小山 しかも外では暴動が起きているわけですよ。スラバヤには2つクラブがあるんですけれど、リーグが違っていて統合されたら一方のクラブが潰されるというので、ファンが大騒ぎしていて。僕らも外に出られないくらいの状況でした。

山下 なので、ホテルで何時間も待機して、やっと決議できたというタイミングでパートナーシップを締結してもらって、その翌日にイルファンの提携国枠での移籍会見をジャカルタで開きました。あれは本当にギリギリのタイミングでしたね。現地メディア各社にも声をかけて、90人くらいジャカルタに来てもらって、日本大使など要人もお呼びしていましたので、もしそれが破談になっていたら大パニックでしたね(苦笑)。

小山 しかも、かなり立派な会見なのに、なぜか僕がMC(司会)をやることに(笑)。

山下 そういうことばかりですね。本当に、それくらいのスピード感でやらないと事が進まないというのがアジアだと思っています。そういうチャレンジを続けて、なんとか運よく今までやってこられました。

──重点国以外でのアプローチについてはいかがでしょうか? 先ほど出てきた、カンボジアとかミャンマーとか。

山下 カンボジアは特に面白くなりそうですね。以前はプノンペンに2つのスタジアムしかなくて、そこでリーグ戦を集中開催していたんです。さらにチケット収入は協会が全部持って行って、クラブはスポンサー収入だけだったようです。しかし今年からスタジアムがさらに2つほど増えて、一応ホーム&アウェーの形がとれるようになったので、看板が売れたり、チケット収入が得られるようになったりといった変化が起きているようです。

──カンボジアは11月に日本代表がアウェーで(W杯)予選を戦うので、今から非常に楽しみです。新しくできたスタジアムは、どんな感じなんでしょうか?

山下 プノンペンクラブというチャンピオンチームがあるのですが、柏の日立柏サッカー場のような感じのサッカースタジアムを自前で作りました。非常にきれいな施設でしたね。『RS』といって、オーナーの頭文字をそのままスタジアム名にしています(笑)。

小山 結構、若いオーナーでしたよね。

山下 一度、来日もしていますね。いずれにせよ今、勢いがあるのはカンボジアかなと思います。日本代表との試合がある日は、こちらとしてもあるイベントを仕掛けますので、楽しみにしていてください(笑)。

<後編につづく>

2/2ページ

著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント