錦織、今季51勝12敗が意味するもの 過密スケジュールでも光る安定感

内田暁

今季は足固めのシーズン

 その一方で、グランドスラムやマスターズの戦績で言えば、今季の錦織は昨年ほどのインパクトは残していないのも事実。

 去年9月のニューヨークで果たした全米オープン準優勝は、日本のみならず世界中のテニスファンに「近い未来の王者」の誕生を予感させる衝撃だった。それよりも約4カ月前には、マドリード・マスターズにて決勝に勝ち上がり、決勝でも、「赤土の王者」ラファエル・ナダル(スペイン)が手も足も出ないほどの圧倒的な支配力をコート上で見せつけた。結果的にはケガによる途中棄権で優勝は幻に終わったが、全米オープンとマドリード・マスターズの準優勝は、昨年の錦織の躍進を象徴する金字塔である。

 対して今季は、マスターズではマドリードとカナダ(ロジャーズ・カップ)でのベスト4が最高戦績。グランドスラムは、全豪オープンと全仏オープンでベスト8に進出したが、ウィンブルドンは2回戦棄権、全米オープンは初戦敗退となっている。

バルセロナオープンで連覇を果たすなど、今季はここまででツアー3勝を挙げている 【写真:ロイター/アフロ】

 ただここで注目すべきは、錦織は今季ここまで、出場予定であった大会をケガなどの理由で見送ったのはシンシナティ(ウェスタン&サザン・オープン)の1大会であるということ。また初戦での敗退も、わずかに全米オープンの1つを数えるのみ。昨年の錦織は爆発的な活躍を見せる一方で、ケガで大会を棄権したり、初戦で敗れることも幾度かあった。ローマ、カナダ、そしてシンシナティのマスターズ1000の出場がかなわず、全仏オープンもケガを抱えたまま初戦で敗れていた。今年は3回戦敗退となった現在開催中の上海マスターズも、昨年はマレーシアオープン、そして楽天ジャパンオープンの連続優勝の代償として初戦敗退を喫している。そのような足跡を比べたとき、今季既に3大会で優勝しながら、なおかつ予定したほぼ全ての大会に出場し安定した成績を残していることは、本人の中でも大きな自信になっているはずだ。

 またこのような錦織の戦いの轍(わだち)は、12年から13年にかけての歩みと、どこか重なるものもある。25位として迎えた12年シーズン、錦織は全豪オープンで初のベスト8入り、そして楽天ジャパンオープン優勝という印象的な活躍を見せてトップ20入りを果たしたが、ケガで全仏欠場なども経験した。対して翌13年は単発での華々しい結果こそ少なかったが、出場義務が課されている全大会に出場し、トップ20を維持したままシーズンを戦え終えている。つまりはこれまでの錦織は、山を駆け上がるようにランキングを急上昇させる時期と、至った高みの空気の薄さに体を慣らすかのように、その地位に足固めするシーズンを繰り返している。今季は差し詰め、トップ5前後の拠点にベースキャンプを築き、来年の山頂アタックに備える1年だと見ることもできるだろう。

もう少しの経験と時間が解決する

 過去の経験をふまえ、そのような踏破のプロセスを誰より熟知しているのは、もちろん当の錦織だ。上海マスターズの3回戦で敗れた後、錦織は落ち着き払った表情で言った。
「まだまだ、大きな大会での大きな結果が出てませんが……まあそんなに焦らず、良い結果も全豪や全仏では出ているし、良いテニスはできている。たぶん、もう少しの経験と……」

 そして彼は、こう続けた。

「時が解決してくれると思っている」

 それは、時間がもたらす蓄積の重みを知る者が……あるいは時の流れと共に己の成長を噛みしめてきた者のみがまとうことのできる、確信と悠揚に満ちた口調であった。
 
 長くし烈な今年のシーズンも、残すところ約1カ月――。錦織はこの後、休む間もなくバーゼル(スイス・インドア)、パリ・マスターズ、そしてかなりの高確率で出場権を獲得するだろう、ロンドン開催のATPツアーファイナルズを転戦する。悔いを引きずる暇はない。戦いは、彼らを待ってはくれない。

「疲れは体もメンタル的にもありはしますが、残り数週間。すごくダメという訳でもないので、大丈夫だと思います」

 最後は柔らかな笑顔を残し、テニス界の短いアジアシーズンを終えた世界6位は、秋の欧州へと進路を取る。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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