鶴竜は“自分の横綱相撲”を貫く決意 高まっている世間の綱のハードル

荒井太郎

朝青龍、白鵬の独走に慣れてしまった世間

横綱昇進後の初優勝を果たし、今年結婚した夫人、長女と喜びを分かち合う鶴竜 【写真は共同】

 平成15年1月場所で優勝22回の貴乃花が引退。同場所後に横綱に推挙された朝青龍は25回目の優勝を果たした直後に角界を去ると、その後は白鵬が次々と記録を塗り替え、聖域と言われた“大鵬超え”を果たした今、優勝回数は35回を数える。

 ここ20年ばかりは優勝20回超の大横綱たちが、間を置かずに角界の頂点に君臨し続けている。相撲史を俯瞰(ふかん)してみれば、むしろ今が例外的な時代だということに気づかされる。朝青龍や白鵬の独走に慣らされてしまったわれわれは、いつしか横綱に求めるハードルを無意識のうちに高くしているのではないだろうか。

 新横綱場所で9勝に終わった日馬富士に対し、当時の横審が引退勧告をチラつかせたのもいい例だ。すっかりヒールとなってしまった鶴竜が千秋楽の土俵上で、不本意ながら耳にすることになった“照ノ富士コール”も、昨今の例外的な現象によって形成された世論がその背景にあるような気がしてならない。

「自分の相撲人生を生きていく」

“土俵の鬼”横綱・初代若乃花の10回の優勝を紐解くと、優勝を大きく左右する一番では格下相手に対しても臆面もなく立ち合い変化で勝ちにいく相撲が少なくない。それでも当時のファンはおおらかだったのか、今ほど物議を醸すことはなかった。元横綱3代目若乃花の花田虎上氏は「『横綱は変化するな』というのは、体の小さい者は横綱になるなと言っているようなもの」と話し「そういうムードはマスコミが作り出していると思う」と指摘する。

 会見の最後に鶴竜は語気を強めて、キッパリとこう言い切った。

「1つ言えるのは、人に認められたくて相撲を取っているわけではない。自分は自分の相撲人生を生きていく」。

 年6場所制となって横綱に昇進したのは初代若乃花から鶴竜まで27人いるが、そのうち優勝回数が10回に満たない横綱は、現役の日馬富士、鶴竜を含めて16人。大半の横綱は大横綱の脇で仇花のように散っていったが、おのおのの時代に放った一瞬の輝きはファンの記憶に永遠に刻まれている。鶴竜が白鵬になれないのは言わずもがな。いぶし銀のテクニックと時に飛び道具も辞さない第71代横綱は、今回の優勝を機になお一層、自分の相撲を貫く決意を強くしたに違いない。それが鶴竜にとっての横綱相撲なのだから。

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著者プロフィール

1967年東京都生まれ。早稲田大学卒業後、百貨店勤務を経てフリーライターに転身。相撲ジャーナリストとして専門誌に寄稿、連載。およびテレビ出演、コメント提供多数。著書に『歴史ポケットスポーツ新聞 相撲』『歴史ポケットスポーツ新聞 プロレス』『東京六大学野球史』『大相撲事件史』『大相撲あるある』など。『大相撲八百長批判を嗤う』では著者の玉木正之氏と対談。雑誌『相撲ファン』で監修を務める。

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